2010年7月アーカイブ

喫茶「止まり木」の連絡帳

「マスター、これ何?」
 僕はカウンターの隅に置かれた一冊のノートを指して言った。何故かバイク乗りが集まってしまった喫茶店『止まり木』のカウンターでコーヒーを飲んでいた。
「連絡帳ですよ。今どき珍しいでしょ」
「連絡帳?」
「ここのお客さん同士のコミュニケーションツールになればなあって思いましてね」
「好きなこと書いていいんだ?」
「どうぞ、ご自由に。誰が見るかわかりませんけどね」
 ぺらぺらとめくってみる。おとといの木曜日の日付で女性が書き記したと思われる文章が目に入った。
《アキです。今から伊豆高原へ走りに行ってきます。伊豆スカイライン初体験、がんばるぞ。愛車のヤマハ「ルネッサ」(オレンジ色)も絶好調!》
「ふ~ん」
 僕はこの文章に対するコメントを書き記した。
《ツトムです。アキさん、伊豆高原どうでした? 僕が初めて伊豆スカイラインを走ったときは気持ちよくって感動でした。平日だし、道が空いているから最高だったでしょうね。》

一週間後
 僕は喫茶「止まり木」の扉を開けた。カランと音が響いた。
「いらっしゃい」
「こんちは」
「珍しいじゃない。今週もですか」
「ちょっとね」
「連絡帳でしょ」
「違いますよ!」
「ふふふ」
 マスターが横目で僕を見ながら、コーヒーを淹れる準備を始めた。僕は、開き直って連絡帳を手に取った。
《アキです。ツトムさんの言うとおり、最高でした。ツーリングのための道路って感じ。今度は西伊豆スカイラインに挑戦しようかな。ところで、ツトムさんの愛車は?》
「顔がにやけてるよ」
 マスターがコーヒーをカウンターに置きながら、僕に言った。
「ほっといてください」
 僕は連絡帳に返事を書き記した。
《ツトムです。僕の愛車はアキさんがご存知か知りませんが、スズキのテンプターというバイクです。400CCの単気筒です。人気がなくて短命に終わった絶版車です。その点はアキさんのルネッサも同じですよね。》

一週間後
「こんちは~」
 僕は今週も『止まり木』の扉をカランと開けた。マスターが何も言わず、笑みを浮かべてこちらを見ている。
「そうですよ。連絡帳ですよ!」
 僕は言われる前にこちらから言った。
「ふふふ。連絡帳、店の売り上げに貢献しちゃってますね」
 マスターはうれしそうに言いながらコーヒーを淹れる準備を始めた。
《アキです。テンプターですか。知りません(笑)。一度見てみたいです。ツトムさんのバイクも私のも珍しいから見かけたらわかりますね。オレンジのルネッサを見かけたら声を掛けてください。》
 僕は返事を書いた。
《ツトムです。そうですね。珍しいですよね。『止まり木』でばったり会えたら面白いですね。》

 『止まり木』で小一時間ほどつぶした後、バイクでそのままスーパーへ向かった。妹にメロンパンを頼まれていたのだ。スーパーに併設されているそのパン屋のメロンパンがおいしいと評判らしいのだ。
 スーパーに入ると、僕はパン屋へ直行した。メロンパンが一個だけ残っていた。人気商品なのだろう。僕がトングとトレイを手に取っている間に、なんと一人の女性がそのメロンパンを取ってしまった。しまった…。妹に何を言われるかわからない。僕はパン屋の店員に聞いた。
「メロンパン、もうないですか?」
「そうですね~。売り切れちゃいましたね。申し訳ございません」
「そうですか…」
 がっかりして、パン屋を離れようとしたら、
「もし良かったら…」
と、先ほどの女性に声を掛けられた。
「このメロンパン、どうぞ」
 二十代後半くらいだろうか。控えめなメイクと、シルエットの良いジーンズにトレーナーというシンプルだがこだわりの見られる服装から、品のあるきれいなお姉さんという印象を受けた。
「え、いいんですか?」
「私、いつも食べているから。どうぞ」
 そう言ってメロンパンを譲ってくれた。僕はお礼を言って、メロンパンを買うとそのまま店を出た。
 駐輪場へ戻ると、僕のテンプターの隣に、オレンジ色のバイクが停まっている。ヤマハのルネッサだった。
 アキさんのバイクじゃないか?
僕は、なんだかどきどきしてきた。すると、先ほどのきれいなお姉さんがこちらに近づいてくる。こちらを見て軽く会釈をすると、ルネッサの脇に立ち、ヘルメットを被ろうとしている。
「アキさんですか?」
 僕はためらうこともなく、大き目の声を出して言った。
「そうです…けど」
 彼女は少し驚いてこちらを見た。
「僕、ツトムです」
「え…」
「止まり木の」
「ああ! 連絡帳の」
「初めまして」
「こちらこそ」
「こんなところでお会いできるなんて…」
「そうですね」
「今からツーリングですか?」
「まさか。今、仕事中なの」
「そうなんですか」
「ちょっと小腹が空いたからここへ」
「そうなんですか」
「ごめんね。仕事中だから、もう行くね」
「ああ、そうですね。すいません」
「じゃあね」
「また、お会いできますか?」
 僕は、勇気を出して聞いてみた。
「止まり木で会えるかもね」
 なんだ? 軽くはぐらかされた感じだ。僕はひるまず思い切って聞いた。
「連絡先、教えてくれませんか」
「連絡は、あの連絡帳で取れるよね」
 彼女はフフっと軽く笑って、バイクに跨った。そして、そのまま走り去っていった。
 軽くかわされた。完全に子供扱いされた。
 僕は、バイクで帰路についていた。走りながら、考えていた。
 連絡する手段はある。彼女の興味を引くような、彼女を振り向かせるような、最高の言葉をあの連絡帳に書いてやろう。
 僕は確信していた。彼女をデートに誘い出す最高の言葉はこれしかない。
「一緒にツーリングに行きませんか。西伊豆スカイラインなんかどうですか」
 

 

http://www.geocities.jp/mjy_t/

「マスター、これ何?」
 僕はカウンターの隅に置かれた一冊のノートを指して言った。何故かバイク乗りが集まってしまった喫茶店『止まり木』のカウンターでコーヒーを飲んでいた。
「連絡帳ですよ。今どき珍しいでしょ」
「連絡帳?」
「ここのお客さん同士のコミュニケーションツールになればなあって思いましてね」
「好きなこと書いていいんだ?」
「どうぞ、ご自由に。誰が見るかわかりませんけどね」
 ぺらぺらとめくってみる。おとといの木曜日の日付で女性が書き記したと思われる文章が目に入った。
《アキです。今から伊豆高原へ走りに行ってきます。伊豆スカイライン初体験、がんばるぞ。愛車のヤマハ「ルネッサ」(オレンジ色)も絶好調!》
「ふ~ん」
 僕はこの文章に対するコメントを書き記した。
《ツトムです。アキさん、伊豆高原どうでした? 僕が初めて伊豆スカイラインを走ったときは気持ちよくって感動でした。平日だし、道が空いているから最高だったでしょうね。》

一週間後
 僕は喫茶「止まり木」の扉を開けた。カランと音が響いた。
「いらっしゃい」
「こんちは」
「珍しいじゃない。今週もですか」
「ちょっとね」
「連絡帳でしょ」
「違いますよ!」
「ふふふ」
 マスターが横目で僕を見ながら、コーヒーを淹れる準備を始めた。僕は、開き直って連絡帳を手に取った。
《アキです。ツトムさんの言うとおり、最高でした。ツーリングのための道路って感じ。今度は西伊豆スカイラインに挑戦しようかな。ところで、ツトムさんの愛車は?》
「顔がにやけてるよ」
 マスターがコーヒーをカウンターに置きながら、僕に言った。
「ほっといてください」
 僕は連絡帳に返事を書き記した。
《ツトムです。僕の愛車はアキさんがご存知か知りませんが、スズキのテンプターというバイクです。400CCの単気筒です。人気がなくて短命に終わった絶版車です。その点はアキさんのルネッサも同じですよね。》

一週間後
「こんちは~」
 僕は今週も『止まり木』の扉をカランと開けた。マスターが何も言わず、笑みを浮かべてこちらを見ている。
「そうですよ。連絡帳ですよ!」
 僕は言われる前にこちらから言った。
「ふふふ。連絡帳、店の売り上げに貢献しちゃってますね」
 マスターはうれしそうに言いながらコーヒーを淹れる準備を始めた。
《アキです。テンプターですか。知りません(笑)。一度見てみたいです。ツトムさんのバイクも私のも珍しいから見かけたらわかりますね。オレンジのルネッサを見かけたら声を掛けてください。》
 僕は返事を書いた。
《ツトムです。そうですね。珍しいですよね。『止まり木』でばったり会えたら面白いですね。》

 『止まり木』で小一時間ほどつぶした後、バイクでそのままスーパーへ向かった。妹にメロンパンを頼まれていたのだ。スーパーに併設されているそのパン屋のメロンパンがおいしいと評判らしいのだ。
 スーパーに入ると、僕はパン屋へ直行した。メロンパンが一個だけ残っていた。人気商品なのだろう。僕がトングとトレイを手に取っている間に、なんと一人の女性がそのメロンパンを取ってしまった。しまった…。妹に何を言われるかわからない。僕はパン屋の店員に聞いた。
「メロンパン、もうないですか?」
「そうですね~。売り切れちゃいましたね。申し訳ございません」
「そうですか…」
 がっかりして、パン屋を離れようとしたら、
「もし良かったら…」
と、先ほどの女性に声を掛けられた。
「このメロンパン、どうぞ」
 二十代後半くらいだろうか。控えめなメイクと、シルエットの良いジーンズにトレーナーというシンプルだがこだわりの見られる服装から、品のあるきれいなお姉さんという印象を受けた。
「え、いいんですか?」
「私、いつも食べているから。どうぞ」
 そう言ってメロンパンを譲ってくれた。僕はお礼を言って、メロンパンを買うとそのまま店を出た。
 駐輪場へ戻ると、僕のテンプターの隣に、オレンジ色のバイクが停まっている。ヤマハのルネッサだった。
 アキさんのバイクじゃないか?
僕は、なんだかどきどきしてきた。すると、先ほどのきれいなお姉さんがこちらに近づいてくる。こちらを見て軽く会釈をすると、ルネッサの脇に立ち、ヘルメットを被ろうとしている。
「アキさんですか?」
 僕はためらうこともなく、大き目の声を出して言った。
「そうです…けど」
 彼女は少し驚いてこちらを見た。
「僕、ツトムです」
「え…」
「止まり木の」
「ああ! 連絡帳の」
「初めまして」
「こちらこそ」
「こんなところでお会いできるなんて…」
「そうですね」
「今からツーリングですか?」
「まさか。今、仕事中なの」
「そうなんですか」
「ちょっと小腹が空いたからここへ」
「そうなんですか」
「ごめんね。仕事中だから、もう行くね」
「ああ、そうですね。すいません」
「じゃあね」
「また、お会いできますか?」
 僕は、勇気を出して聞いてみた。
「止まり木で会えるかもね」
 なんだ? 軽くはぐらかされた感じだ。僕はひるまず思い切って聞いた。
「連絡先、教えてくれませんか」
「連絡は、あの連絡帳で取れるよね」
 彼女はフフっと軽く笑って、バイクに跨った。そして、そのまま走り去っていった。
 軽くかわされた。完全に子供扱いされた。
 僕は、バイクで帰路についていた。走りながら、考えていた。
 連絡する手段はある。彼女の興味を引くような、彼女を振り向かせるような、最高の言葉をあの連絡帳に書いてやろう。
 僕は確信していた。彼女をデートに誘い出す最高の言葉はこれしかない。
「一緒にツーリングに行きませんか。西伊豆スカイラインなんかどうですか」
 

 

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