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CARNASCARドライバー尾形明紀の今、そしてこれから

2013.12.30

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「今シーズンは結果を出すことにこだわっていきます。」と年初のインタビューで語った尾形明紀だが、思いとは裏腹に、2013年の結果は満足のいくものではなかったという。それでも前を向き走り続ける尾形の思いに迫った。

『レッドネック』精神が必要

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尾形の13年K&Nプロシリーズ・イースト初戦は、一周1/4マイル(約400m)の「ボウマン・グレイ・スタジアム」。狭くてバンクなく難易度が高いトラックで戦った。決勝21位。

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K&Nでは得意とする一周7/8マイル(約1,400m)の「アイオワ」で2度戦った。8月は尾形が主宰する"Akinori Ogata Foundation"のロゴをまとって走った。決勝32位。

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K&Nのロード・アトランタでは練習・予選とも雨で中止。マシン・セットアップも慣熟走行もできず、ぶっつけ本番でのロードコース初レースに苦戦中のスナップ。決勝21位。

 尾形明紀のNASCAR参戦10年目にあたる2013年シーズンは、WHELENオールアメリカンシリーズで2回、K&Nプロシリーズ・イーストで6回出走、9月のニューハンプシャー・スピードウェイでは、レース中にもっとも多く他車をパスしたドライバーに与えられる『コカ・コーラ・ハード・チャージャー・アワード』に選出された。しかし一年を俯瞰して「思い通りの戦績を残すことはできなかった。」と尾形。
 年初「K&Nで実戦経験を積み、早くスプリントカップを頂点とする3大ナショナルシリーズに参戦したい。」と意気込んでいた尾形だが、シーズンを終えた11月末には、「ドライバーのスキルや思いだけではなく、マシンやチームなど、全てが噛み合なければ思い通りの結果を生むことは出来ない。そんな当たり前の事実を思い知った。」と語った。しかし「アメリカ人と同じフィールドで彼らと渡り合うには『レッドネック』精神が必要だと常々思い、日々の生活まで含めて実践してきた。それが10年かかってやっと彼らに伝わるようになった、そんな手応えを感じる一年でもありました。」という尾形の前向きな言葉が印象に残った。
 NASCARのトップカテゴリーで7度のチャンピオンに輝いた『キング』リチャード・ペティーが、かつて自身の偉業についてインタビューされた折に「俺はノースカロライナで生まれた、ただのレッドネックさ。」と答えている。『レッドネック』とはアメリカ南部のスラングで、首だけが真っ赤に日焼けしたヤツ、つまり貧しい農民や肉体労働者を揶揄する言葉。自嘲という文化がないアメリカで、ペティーは「南部の田舎者だってチャンピオンになれるんだぜ!」というプライドを逆説的に表現したのだ。

もっとどん欲に、泥臭く

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WHELENオールアメリカンシリーズはチームオーナー兼ドライバーという体制、全てのマネージメントを尾形自身が行う。自分でできるメンテナンスは自分でやるという。

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今年自らのチームにパートナーとして迎えたサッポロビールUSA。11月にマートル・ビーチ・スピードウェイのハーフマイルトラックに挑むがマシントラブルで決勝出走ならず。

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『日本人としてのプライドはここでは役に立たない、もっとどん欲に、泥臭く這い上がっていかなければ!』と強く思い続け、それが周囲に伝わることで、少しずつ条件が整いつつある実感があると尾形は言う。来シーズン、彼を取り巻く環境の変化に、そして活躍におおいに期待したい。



 

Akinori Ogata
尾形明紀
1973年8月14日、神奈川県生まれ。小学生の頃、富士スピードウェイで初めて観戦したレースに魅了され、14歳でモトクロスレースデビュー以来、26年間のレース経験を持つ。幼少の頃から好きだったミニカーがきっかけでNASCARに興味をもち、本場NASCAR参戦を目標に、国内で当時スタートしたアメリカンレース、もてぎのミジェットカーに参戦。03年に念願のNASCAR参戦を果たす。2010年夏、ほとんどのNASCARチームが本拠を構える本場、ノースカロライナ州に移住、自らチームマネージメントもこなしながら、NASCARドライバーとして奮闘中。

photo:
Hiro Sato Photography
Takako Smith Photography
SPEED51.COM
Akinori Performance
text: Gao Nishikawa

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