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ALL GENREORM編集部、太田哲也氏とともに被災地を訪ねる その2

2011.04.22

レーシングドライバーの太田哲也氏と4月8~10日、被災地である宮城県仙台周辺、及び岩手県の気仙地区を訪問した。今回はORMに支援物資のご提供頂いた皆さん、我々の被災地支援活動にご協力を頂いた皆さん、そして宮城県の名取市と仙台市のON THE ROAD MAGAZINE配布ご協力店、お会いした皆さんをご紹介しながら、今被災地の外にいる我々がすべきことを考えてみた。

支援活動に向けて

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上:PEACEBOATのカキノキ氏(左)は全国から集まった支援物資の中から、被災地でニーズが高いというスリッパなどをたくさん箱に詰め、我々に託してくれた。下はI.D.E.STOREの井手氏。自転車用のフラッシュライトやワイアーロックをご提供頂いた。いずれも大船渡市役所にお届けした

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左:マイクロロンの輸入元、協和興材の吉田氏からはたくさんのトランプを頂いた。大船渡でとても喜ばれた。右:ARTISAN&ARTISTの山本さんからは女性用のTシャツやバッグをたくさんご提供頂いた。こちらも大船渡にお届けした

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上段:三菱ふそうトラック・バス株式会社広報部の皆さんと、お借りした三菱キャンター。左下:太田哲也氏と編集部鈴木。右下:燃料携行缶をご提供下さったモータージャーナリストの日下部保雄氏

 

 太田哲也氏の『東日本大震災支援チーム KEEP ON RACING』に届けられた長靴や歯ブラシの他、ORMにも多くの支援物資のご提供を頂いた。
 石巻に前線基地を置き支援活動を行っているPEACEBOATからはたくさんのスリッパを。高円寺の自転車ショップI.D.E.STOREからは自転車用のフラッシュライトやワイアーロックを。マイクロロンの輸入元である協和興材からは144セットのトランプを。ライディングインストラクターの恩田浩彦氏のご紹介によりARTISAN&ARTISTからバッグやTシャツを。安東米店からはコーヒーやお茶を。ブリヂストンサイクル東日本販売からは26インチのタイヤチューブとロックをお預り、編集部からもTシャツなどの衣料品をご提供、宮城県内で支援活動を行っている伊藤真一氏や、岩手県の大船渡市役所にお届けした。
 これらの支援物資を積み込んで被災地入りするために三菱ふそうトラック・バス株式会社からご提供頂いたのは、2トン積みの新型三菱キャンター。ストレスなくパワフルに吹け上がる2,998ccの直噴ディーゼル、ターボインタークーラーは最新のBlueTecシステムも搭載。シフトアップ&ダウンのタイミングも絶妙なマニュアルモード付き6速ATの恩恵もあって、トータル1,555キロの平均燃費は8.9キロ。最新商用トラックの優秀さに驚かされた。
 また燃料調達が困難な場合を想定して携行缶をご提供下さったのは、JK Design+Productsの神保充氏、太田氏と親交の深いラリースト/レーシングドライバー、そしてモータージャーナリストとしてテレビ番組『モーターランド2』でも活躍された日下部保雄氏だ。

仙台周辺の皆さんを訪ねて

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上段:店舗の一部で被災者の受け入れを行っていた『Hang Loose Scrappers』。下段:震災後約1ヶ月、少しづつ活気が戻ってきている様子の『REAL DEAL』

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上段:被災地支援を積極的に行っている『Strange Motorcycle』。店舗前には7日の余震で大きく広がったという地割れが。下段:津波の痕跡が店舗のすぐ裏まで迫っていた『East Coast Motorcycle』。現在は被災者のために軽自動車や原付きをメインに取り扱っているそう

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上:「市内は普通に見えるけれど、爪痕は深いです」と語るエクストリームライダー、P☆B佐藤氏ご夫妻。下:古川市でお世話になった太田氏のご親戚と。ご自宅もたくさんのガラスが割れ、近隣にも倒壊家屋があり、被害は小さくなかったそう。太田氏の従姉(右)は叔母さん(中央)を心配して震災当日に埼玉の自宅から単身で30時間かけてここまで来たそう

 4月9日夜に泊めて頂いた宮城県古川市の太田氏のご親戚宅を後にし、10日朝に仙台まで戻り、配布ご協力店とORMにゆかりのある皆さんを訪ねた。
 名取市の飲食店『Hang Loose Scrappers』は津波被害のあったエリアから数キロ離れていた為大きな被災を免れ、震災後備蓄していた食材で被災者支援を行う一方、敷地内のキャンピングトレーラー(AIRSTREAM)に被災者の受け入れを行っていたそう。
 仙台駅に近いアメカジ・バイカー向けセレクトショップ『REAL DEAL』も大きな被害はなかったが震災後1週間ほど閉店したそう。7日夜の余震の方が揺れが大きく、付近でも被害を受けた建物、店舗が多く出たとのこと。「お客さんとツーリングに出かけていた三陸があんなことになって残念。石巻などのお客さんと今だにご連絡が取れていないので心配していますが、我々が今出来ることを精一杯やっていこうと思います」と語ってくれた。
 宮城野区の『Strange Motorcycle』は、エクストリームライダーのADtac氏が経営するモーターサイクルショップ。震災以降全国の仲間たちから届けられた支援物資を近隣の被災地に届けて回っている。あいにくご本人には会えなかったが、「この一ヶ月は支援活動に終始していました。一時はお店の中が物資で一杯になっていましたし。7日の余震ではこの宮城野エリアで大きな被害が出ているんです。ウチも本震では平気でしたが余震で建物が傾きました」とのこと。
 海沿いの東部道路沿いにある『East Coast Motorcycle』はアメリカ車やモーターサイクルを中心に様々なカスタムを手がけるショップ。「お店のすぐ裏まで津波が来たんです。亡くなったお客さんもいらっしゃいます。震災以後は支援活動として軽自動車やスーパーカブを集めメンテナンスして、格安でご提供しています」と語ってくれたのは代表の庄子氏。
 宮城野に住むエクストリームライダー、P☆B佐藤氏にもお会いした。「自宅は内陸なので地震や津波の直接被害はありませんでしたが、余震もあって電気、水道などのライフラインは今(4月10日)も途切れているところがあります。津波被害や倒壊がなくて一見普通そうに見える場所も、結構苦労しているのが被災地の現実。しかし近隣の方に水を汲ませて頂いたり、ご近所付き合いの大切さを感じるようになりました。海沿いにあったエクストリームの練習場所は使えなくなっちゃいました。今日は津波で家を失った友人とこれからの復興について語り合っているところなんです」と近況をうかがった。

 今回の活動を通して、伊藤真一氏や大船渡のお会いした皆さんを含め、被災の大小にかかわらず力強く前進している皆さんの姿に勇気と元気を頂いた。また、被災地にいながら「自分たちは無事だったから」と、より深刻に被災している人たちの支援に回っている方々の姿に感銘を受けた。
 太田氏、ORM編集部の鈴木と東京への帰路の車中で『被災地に対して今後自分たちに出来ることは何か』について話した。「モータースポーツに関わるものとして、これからもモータースポーツを通して支援活動を行っていきたい」と太田氏。鈴木は「我々が頻繁に被災地に行くことは難しいかも知れないが、日々の経済活動を絶やさずに、折々で出来る支援をしていきたい」と語る。
 僕にとっては今回、大船渡や仙台でORM本誌が思いのほか歓迎されたことで、迷いつつも発行したことが間違いではなかったのだ、と確認出来たことが大きな収穫だった。ひとつのメディアを持つ者として、これからも皆さんの『元気の素・笑顔の素』をお届けすることが使命であるのだ、と確信できたからだ。
 そして、余震や原発事故に無闇に怯えることなく、しっかりと地に足を着けて、日々を一生懸命生きること、経済活動を絶やさないこと、これが被災地から離れた場所で僕たちがしなければいけないことであると思うに至った。
 また、被災地で多くの皆さんが言っていた通り、これから長期間にわたる復興の過程についても引き続きしっかりと見守っていくこと、思いを寄せていくことも、我々の使命であると認識しなければならないと思う。



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photo: Yoichi Suzuki/Gao Nishikawa
text: Gao Nishikawa

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