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MOTORCYCLERider's Story『朝倉コーヒー』最終話

2010.07.15

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Rider's Story 長篇連載の最終話


前回までのあらすじ...
喫茶店の店主、朝倉綾子は客の桜井と徐々に親しくなっていた。彼は、奥さんと一緒に店に来るようになったが、なんと幼馴染だということがわかった。綾子の初恋の相手だった。綾子は桜井が一人で店に来てくれることを願っていた。

『朝倉コーヒー』最終話 一日で終わる恋人

文と写真:武田宗徳

朝倉コーヒーの駐車場で、一台のオートバイがブルンとひとふかしして止まった。時間は午後八時半。綾子は思った。こんな時間に桜井だったら、うれしすぎる。怖いくらいだ。
 
ドアを開けて入ってきたのは、紛れもなく桜井本人だった。

「こんにちは……、あ、こんばんは、か……」
 
桜井はそう挨拶して、綾子はおかしかったが、笑えなかった。こんなに待ち望んだのに、いざ、本当に桜井を目の前にすると、緊張と胸の高鳴りで、どうしていいかわからなくなる。何かの拍子に、変なことを口走りそうだ。
 
大体、この時間に来ること、つまり他の客のいない時間に来るということは、何か意味があるのだろうか。二人きりになることはわかっているはずだ。
 
綾子は、あふれ出す思いを抑えて、気持ちを最小限にして、言った。

「お待ちしておりました」
 
桜井は複雑な表情をしているが、本人としては笑顔をつくっているつもりらしい。奥へ歩いて行き、いつもの二人席に座った。綾子は黙ってコーヒーを入れる。桜井はタバコを吸い始めた。文庫本がテーブルの上に置かれている。他の客はいない。沈黙が続く。店内にはニール・ヤングの物悲しげな歌声が、静かに流れている。綾子はコーヒーを持っていった。

「お待たせしました」
 
綾子はテーブルの上にコーヒーを置く。桜井は「ありがとう」と小さい声で言う。綾子は、じっと見ていた。本を読んでいる桜井の口、鼻、二の腕、指、髪の毛、そして、目。さすがに桜井も気が付く。綾子をじっと見上げる。桜井は何か言おうとした。しかし、綾子がそれを制した。

「桜井さん! あの、桜井……さん……」
 
自分でも驚いたくらいの大きな声だった。名前を呼んでみたものの続かなかった。

「綾子さん。何を言いたいのかわからないけど、僕を困らせないでくれよ。内容によっては、僕はここのおいしいコーヒーを、もう飲めなくなる」
 
綾子は、もうあとには引けなくなっていた。混乱する頭を無理やり整理して言った。

「一つだけ、お願いがあります」
 
桜井は黙って頷いた。

「私と一緒にコーヒーを飲んでください」
 
桜井は、じっと綾子を見ている。

「この二人席で、このいつもの席で、私と向き合って、コーヒーを飲んでください」
 
桜井はしばらく黙っていたが、やがて不規則に何回か頷いた。

「もう、今日は店を閉めます」

 
ドアを閉めきった朝倉コーヒーは静かだ。ただでさえ田舎なのに、ドアを閉めると車の音や犬の鳴き声まで聞こえない。聞こえるのはニール・ヤングの歌声だけだ。
 
綾子は自分のコーヒーを持って、桜井の向かいに腰を下ろした。しばらくは無言だったが、何と桜井から会話を切り出してきた。ニール・ヤングについてだった。アルバムの「ミラー・ボール」を気に入っているらしい。わりと最近のものだ。それから、会話は弾んできた。音楽の話から始まり、オートバイの話へと飛んだ。音楽の趣味は似ていた。オートバイの話は知らないことばかりだったが、逆にそれが新鮮で興味深かった。
 
桜井は、敢えて昔の話は避けていたようだ。幼稚園の話題は一切なかった。そこが、桜井のけじめだったように見える。
 
綾子は楽しかった。綾子は今日、客として朝倉コーヒーでコーヒーを飲んでいる。桜井に対しても、店員としてではなく、一人の女の子として接した。桜井もそれはわかっていたようだ。のんびりと語りだす桜井の口調には、綾子を惹きつける何かがあった。桜井にどんどん惹かれていく。どうしようもない片思いだ。それでも綾子は、今日という日をとことん楽しもうと思った。綾子は桜井に浸った。
 
ずっと続けばいいのに。今が、ずっと続けばいいのに。
 
綾子は心底、思った。

 

桜井は店に来なくなった。わかっていた。あの晩、遅くまで桜井と一緒にいて、十分すぎるくらい会話を楽しみ、桜井を自分に焼き付けようと思ったのは、もう桜井が来なくなることがわかっていたからだ。わかっていたはずなのに、やはり哀しい。
 
初恋の人とは会うものじゃない。よく言われる。最初から会わないでいた方がよかったのかもしれない。
 
もう、会えない。桜井。もう会えないのか。私はただ待つしかないのか。桜井。また、会いたい。でも、会わないほうがいいのかもしれない。しかし……。

 

オートバイの音が朝倉コーヒーに近づいてくる。綾子はそれに対し、何も反応しないでいる。どうせ通り過ぎるからだ。もし、店の駐車場に停まっても、違う人だと間違いなく言える。オートバイで来る客は、他にも何人もいるのだ。
 
何か、聞こえる。
 
オートバイの排気音に混じって、誰か大声を出している。

「綾子さーん」

ハッとして、ドアのほうを見る。
 
桜井だ。
 
桜井がオートバイに跨ったまま、道路の向こう側から大声を出している。

「後ろ、乗らないかあ!」
 
綾子は、混乱して訳が分からない。

「どうせ客、いないんだろお! 店、閉めちゃいなよ」
 
綾子は、混乱したまま急いで支度し、ドアの鍵を閉めて、桜井のいる方へ走った。渡されたヘルメットをかぶり、リヤシートを跨ぐ。桜井は丁寧に走り出す。小気味いい排気音が住宅街に響く。

「今日だけだ」
 
桜井が何か言ったようだ。綾子はうまく聞き取れなかった。

「え? 何ですか」

「今日だけだ! 一日だけなんだ!」
 
オートバイはスピードを上げた。綾子は桜井の腰にしがみつく。
 
夕日がちょうど正面に位置し、まぶしい。空の雲が幻想的な色に染まっている。
住宅街を抜け、パッと視界が広がった。一面の田園風景だ。

 

二人は走り出していた。
 
始まりのあとには必ず終わりが来る。
 
三年後かも知れないし、三ヵ月後かもしれない。
 
それが一日になっただけのこと。
 
今日だけは桜井は紛れもなく恋人だった。
 
一日で終わる恋人だった。


第一話第二話第三話第四話はこちらから

 

武田宗徳(たけだ・むねのり)
1974年静岡県生まれ。96年よりモーターサイクル(カワサキ・エストレア)に乗りはじめる。2000年頃よりバイク小説を書きはじめ、02年からは自らの小説による手作りのフリーペーパー、『Rider's Story』の編集・発行、静岡県を中心に配布している。GOGGLEやOutRiderなど雑誌への掲載実績も複数、ON THE ROAD MAGAZINE本誌では06年より小説『Rider's Story』を連載。08年、静岡学術出版より新書『バイク小説短編集"Rider's Story"〜僕は、オートバイを選んだ〜』を出版。09年、13年以上乗り続けた愛車エストレアが不動となり、09年モデルの同じエストレアを新しい相棒とする。プライベートは夫であり二人の男の子の父。現在静岡県藤枝市を拠点に活動中。
ホームページ:http://www.geocities.jp/mjy_t
ブログ『Rider's Life』:http://www.orm-web.co.jp/blog/riders_life



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