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MOTORCYCLERider's Story『朝倉コーヒー』第4回

2010.07.09

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Rider's Story 長篇連載の4回目


前回までのあらすじ...

喫茶店の店主、朝倉綾子は好意を持っていたオートバイで来る男性、桜井と徐々に親しくなっていた。しかし、オートバイの後ろに乗りたいと言ってしまってから、彼は、奥さんと一緒に店に来るようになった。もう、二人の喫茶店になっていた。

『朝倉コーヒー』第4話 初恋の男

文と写真:武田宗徳

その日は、おばさんたちの会合があり、ひどく込み合っていた。そんな日に限って、桜井夫妻は朝倉コーヒーを訪れる。テーブル席は満席でカウンターしか空いてなく、二人はカウンターに腰掛けた。
 綾子は二人にいつものコーヒーを出し、他の雑務に取り掛かった。桜井と話をしたいのは山々だが、どうも奥さんがいると自然に会話ができないような気がする。だから、綾子はどうでもいいような細かい仕事をする。
 
奥さんのせいだけではない。本音を言ってしまえば、こんな近くに桜井がいて、視線をどこへやったらいいのか困ってしまうのだ。
 
こんなにも綾子を困らせる桜井は一体何なんだろう。
 
最初に来店してくれたとき、気が合いそうだとは思った。でも、何故なのかわからない。そして、今、桜井を目の前にして困っている理由もわからない。綾子が今まで付き合ってきた男たち、見栄っ張りで無知な男たちと明らかに違うのは確かだ。 桜井と一緒の空間にいると、何だか懐かしいと言うか、いい気分だ。奥の席にいてくれれば、綾子は落ち着くことさえできる。

「綾子さん」
 
桜井が突然声をかけた。綾子は驚いて体がびくついた。

「綾子さんを見ていると、幼稚園の頃を思い出すよ」
 
綾子は黙って桜井を見る。桜井は続けた。

「僕が幼稚園の頃、一コ下にアヤちゃんていう子がいて、よく家まで訪ねていって一緒に遊んだんだ。ところが、僕が小学校に入って、またアヤちゃんと遊ぼうと思って家を訪ねたら、もういなかった。引っ越してたんだ。ショックだったなあ。アヤちゃんが大きくなってたら、ちょうど綾子さんくらいですよ。名前も同じアヤちゃんだしね」
 
桜井は懐かしそうに目を細めて話している。綾子は桜井から視線を外せない。

「もう顔も名前も、すっかり忘れてしまったけどね」

「私も、幼稚園の頃、カッちゃんって子とよく遊びました」

「え……」
 
桜井は驚いて、目を丸くしている。

「君、アヤちゃん……」

「桜井さんは、カッちゃん……ですか」
 
綾子は思わず泣きそうになった。もやもやしたものが、はっきりしたような気がした。
 
初恋だった。
 
桜井は驚きながらも「懐かしい」と何度も繰り返す。奥さんは、何十年ぶりかの二人の偶然の再会を、自分のことのようにうれしそうに眺めている。
 
綾子は、自分のコーヒーをつくった。桜井夫妻と三人でコーヒーをすする。日が暮れてきた。奥さんは気を遣っているのかいつまでたっても、帰ろう、と切り出さない。それどころか、

「この人ね、俺の初恋は幼稚園のときだ、って言っていたの。あなただったのね」
などと言う始末だ。そして、困っている桜井と、赤くなった綾子を見て笑っている。
 
奥さんには、何か自信というか、貫禄があると前から思っていた。旦那の初恋の相手を目の前にして、ひるむどころか余裕の態度だ。夫妻の実態を垣間見たような気がした。奥さんには、旦那は絶対浮気をしない、という自信が見られる。
 
綾子はふと、奥さんの自信が崩れるところを見たくなった。

 

そして、その日も桜井は奥さんと二人で朝倉コーヒーに訪れた。綾子はどうしても桜井と二人きりで話しをしたかった。しかし、奥さんがいる限り、親しく会話はできない。綾子は半分、意地になった。意地になって考えた。綾子は二人にコーヒーを持っていくときに、切り出した。

「最近、オートバイに乗ってます?」

「ああ、乗ってるよ」

「オートバイでは、もう来ないんですか」

「うーん。僕は来たいけど、嫁さんが嫌がるから」
 
すると、奥さんが反論した。

「だったらオートバイで来ればいいじゃない。いつも私を連れてこなくてもいいのよ。私だっていろいろ忙しいんだから」

「そっか」
 
桜井は呟いて、ゆっくりとタバコを吸った。綾子は黙ってカウンターの中に戻った。どうなるかわからないが、桜井が一人で来てくれる可能性が出てきた。

 

歯切れの良いオートバイの排気音が近づいてくる。綾子はそっと耳を澄ます。動きが固まり、ただじっとドアの外を見ている。オートバイはそのまま通り過ぎてしまった。
 
違うオートバイか…。最近、こんなことの繰り返しだ。疲れる。桜井はいつ一人で来てくれるのだろう。

(第五話に続く)

第一話第二話第三話はこちらから
 

武田宗徳(たけだ・むねのり)
1974年静岡県生まれ。96年よりモーターサイクル(カワサキ・エストレア)に乗りはじめる。2000年頃よりバイク小説を書きはじめ、02年からは自らの小説による手作りのフリーペーパー、『Rider's Story』の編集・発行、静岡県を中心に配布している。GOGGLEやOutRiderなど雑誌への掲載実績も複数、ON THE ROAD MAGAZINE本誌では06年より小説『Rider's Story』を連載。08年、静岡学術出版より新書『バイク小説短編集"Rider's Story"〜僕は、オートバイを選んだ〜』を出版。09年、13年以上乗り続けた愛車エストレアが不動となり、09年モデルの同じエストレアを新しい相棒とする。プライベートは夫であり二人の男の子の父。現在静岡県藤枝市を拠点に活動中。
ホームページ:http://www.geocities.jp/mjy_t
ブログ『Rider's Life』:http://www.orm-web.co.jp/blog/riders_life



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