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MOTORCYCLERider's Story『最高の贈り物』

2010.08.05

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ON THE ROAD MAGAZINE 本誌にも好評連載中、武田宗徳作の"Rider's Story"。今回は読み切りの短編作品をお届けする。

『最高の贈り物』

文と写真:武田宗徳

「え!?」
夫の裏返った声がリビングから聞こえてきた。高校2年生の娘が夫に向かって何か言っている。洗面所にいる私に聞こえてきた。
「だから、急に部活が入っちゃったんだって」
今日、夫は娘と二人でタンデムツーリングする予定だった。一ヶ月前から計画していた日帰りツーリングで、確か昼食もどこだったかこだわりのレストランを予約していたはずだ。
「部活か……。参ったな」
夫は筋金入りの体育会系で、大学時代には柔道で全国大会まで出場した経験を持っている。それだから、娘の部活動であるバレーボールもよほどのことでない限り休ませない。
「レギュラーになるには休むわけにはいかないんだって」
娘はそう言っているが、私は、そういえば、と思った。同じ部活で同級生の綾ちゃんも確か今日、家族でディズニーランドへ行くって言っていたような気がする。
「そうだな。部活は休むわけにはいかないな。しょうがないか」
私が代わりに行こうか、なんて口が裂けても言い出せない。行きたいのは山々だが、おばさんとタンデムなんかできるか、と夫が言うのは目に見えている。私は、子供が生まれてから、一度も夫のオートバイの後ろに乗っていない。もう一度、乗ってみたい。夫の大きな背中にしがみついて、一緒にいろんなところへ行ってみたい。
そんな私の気持ちなんか、夫は知る由もないのだろうな。
「お母さんと行ってくれば」
娘のセリフを聞いて私は心臓が飛び出しそうになった。夫はなんて言うだろう。じっと、洗面所で耳を澄ます。娘は続けた。
「ランチも予約しているんでしょう?」
「母さんとか…」
「ツーリング、楽しみにしていたんでしょ。中止することないよ」
「う…ん」
「たまにはいいじゃない。意外と楽しいかもよ」
「そうだな」
「じゃ、決まりね」
娘がリビングから出てきて廊下を通ってこちらへ向かってくる。洗面所の前で挙動不審な私と目が合うと、小さなウインクを見せて、階段を勢いよく上っていった。なんだろうとしばらく考えてから、私はハッとして思い出した。以前、実は夫と二人乗りしたいんだと娘に言ったことがあったのだ。
あの子ったら…。
夫が「おーい、母さん」と呼んでいる。私は何も聞いていないような顔をしてリビングに入っていった。

私は夫の後ろで風を切っている。黙ったままの夫の腰にしがみついて海沿いの道路を走っている。沼津を過ぎて、もう伊豆半島に入っただろうか。右側には太陽に照らされてきらきら光っている海が広がり、その向こうには富士山がかろうじて見えた。
夫は黙ってオートバイを右に左に傾けている。どう思っているのだろう。私と二人乗りして楽しいのか、楽しくないのか。うれしいのか、うれしくないのか。結婚二十年になろうとしているのに、何故、今更、夫にどきどきびくびくしなければならないのだ。今日のこの心境はまるで独身時代のようだ。
海沿いの展望台のような場所に到着した。よりによって「恋人岬」だ。オートバイを降りて海の見える場所に二人で移動した。しばらく、二人で海を眺めていた。無言だった夫が口を開いた。
「なあ。オートバイ、どうだ。楽しいか」
オートバイであなたと二人で出かけられたことが楽しいのに。
「楽しいよ」
「そうか。中年夫婦で仲良く二人乗りなんて、恥ずかしくないか」
「ぜ、全然恥ずかしくないよ」
「そうか。だったら、もっと前からおまえとタンデムツーリングしていればよかったな」
 どういうことだろう。
「おまえに、恥ずかしくて嫌だ、と断られると思って、いつも娘を誘っていたんだ」
「え!?」
私は、あなたのほうが恥ずかしがると思っていたのに。
「これからは、おまえと一緒にツーリング行こうかな」
お互い素直じゃない。もっと早くから気づくべきだった。もっと早くから二人乗りしたいと素直に言うべきだった。私は舞い上がって、夫に言った。
「いろんなところ行こうよ。二人乗りでいろんなところへ行って、二人でおいしいもの食べてさ」
「ははは。いいねえ。二人でオートバイを楽しもうか」
夫はくるりと向きを変えてオートバイの方へ向かって歩き出した。
「もうすぐお昼だ。予約の時間に遅れないようにしないと」
私も夫の後ろについて歩いた。ランチか。二人きりの外での食事も久しぶりだ。
私たちは走り出した。夫は右折する時にふざけて必要以上にオートバイを倒しこんだ。「きゃあ」と私は夫にしがみつく。夫は「はは」と笑っていた。初夏のさわやかな風を感じながら、ゆるやかな下りの左カーブを抜けていく。

今日は最高にうれしい日。
娘よ。最高の贈り物をありがとう。
                      おわり

武田宗徳(たけだ・むねのり)

1974年静岡県生まれ。96年よりモーターサイクル(カワサキ・エストレア)に乗りはじめる。2000年頃よりバイク小説を書きはじめ、02年からは自らの小説による手作りのフリーペーパー、『Rider's Story』の編集・発行、静岡県を中心に配布している。GOGGLEやOutRiderなど雑誌への掲載実績も複数、ON THE ROAD MAGAZINE本誌では06年より小説『Rider's Story』を連載。08年、静岡学術出版より新書『バイク小説短編集"Rider's Story"~僕は、オートバイを選んだ~』を出版。09年、13年以上乗り続けた愛車エストレアが不動となり、09年モデルの同じエストレアを新しい相棒とする。プライベートは夫であり二人の男の子の父。現在静岡県藤枝市を拠点に活動中。

ホームページ:http://www.geocities.jp/mjy_t

ブログ『Rider's Life』:http://www.orm-web.co.jp/blog/riders_life

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