TOP > MOTORCYCLE > Rider's Story 『変わり始め...

HEADLINE

新着記事

MOTORCYCLERider's Story 『変わり始めるとき』

2011.03.01

静岡在住の小説家、武田宗徳がお届けする"Rider's Story"

写真

文と写真:武田 宗徳

 今でも後悔していることがある。

 二年間片思いだった女の子に告白できないまま高校を卒業してしまったことだ。今となっては、大好きになった彼女がいる。それでも、高校時代のその後悔は消え去ることはない。それでは、今高校時代に片思いだった彼女に会ってあの頃の想いを告げれば、その後悔は消え去るのだろうか。そうではないのだ。あの時、あの高校時代に告白できなかったことが、悔しいのだ。あれから六年経った今、彼女の顔も思い出せない。淡い思い出となってしまったのかもしれない。

 そのことがあってから僕は、自分に度胸という自信が持てないまま、現在に至る。



 今の彼女に「ツーリングに行ってくる」とメールを入れてから、僕は自宅を出発した。先月購入したオートバイの慣らし運転が終わり、初めてのツーリングに行くのだ。二十四で初めてのツーリングというのは、遅い方なのだろうか。大学卒業して社会人二年目になってから自動二輪免許を取得したのだ。
 僕は変わろうとしていた。新しいことを始めたかった。そして、自分に自信をもてるようになりたかった。

 僕は、オートバイを選んだ。



 街中を走り抜け、しばらく走ると大きな川に沿う道に出た。右側は畑、左側は河原で視界が一気に開けた。先の方まで続く直線の道路を、春の涼しい風を切りながら走る。坂を登りきり、川に架かる橋を渡った。

 河原にはバーベキューを楽しんでいる家族やグループが何組か見えた。そんな幸せそうな風景を見ながら、僕はオートバイを進めていった。

 目的地は日帰りでじゅうぶんに帰って来られる距離にある湖だ。ただ、初めてのオートバイツーリングということもあって不安を抱えていた。湖は山奥にあって、そこまでの道のりも普段経験したことのないくねくねした細い山道だ。山道に入れば、森が続くだけで立ち寄れるところもほとんどないかもしれない。それでも僕は、一人でその湖にツーリングに行こうと決めた。

 山の中にはまだ集落も見られる。川沿いに木造の古びた店が見え、店の前では岩魚か鮎を焼いているようだった。しばらく走ると、駐車場とトイレのみのパーキングが見えてきた。自販機もある。僕はそこへオートバイを滑り込ませた。

 トイレで用を足して、外へ出た。木々の隙間から流れてくるひんやりした風を浴びた。自販機で缶コーヒーを買って、車止めに腰を下ろした。缶コーヒーを飲みながら、僕は今の彼女との出会いを思い出していた。

 最初は彼女の方から近寄ってきた。僕よりも彼女の方が積極的だった。告白も彼女の方からだった。僕は、あの高校時代から今まで一度も告白というものをできないでいる。いや、生まれてから二十四年間、一度もしたことがない。勇気がないのだ。このままではいけない。度胸をつけたかった。

 僕は走り続けた。もう民家はほとんどなくなっていた。木々のトンネルを抜けた。木漏れ日の中、オートバイは湖に向かって進んでいた。くねくねした細い山道を上ったり、下ったりしながら、しかし徐々に標高は高くなっているようで、先程より風が涼しく感じられる。視界が開け、右手の眼下には集落が小さく見えた。うっすら雲海のようなものがかかっている。

 しばらく行くと左手に迫力のある滝が流れていた。滝は真ん中にある大きな岩をよけて、左右に勢いよく流れて落ちている。僕は橋の上にオートバイを停め、しばらくその名もない滝を見ていた。

 僕はさらに先へとオートバイを進めた。前方にパーキングが見えた。「富士見峠」という看板がある。展望台とトイレがあるようだ。僕はパーキングへ入っていき、オートバイを停めた。

 静かなところだ。鳥のさえずり以外に聞こえるのは森のざわざわした音だけだ。展望台に登ってみる。富士山がかろうじて見えた。かすんでいるが遠くに見えるのは確かに富士山だ。雪をかぶった南アルプスの山々も見える。

「あ!」

 思わず声を出してしまった。湖が見えたのだ。そう遠くはない。もうすぐだ、と思うと、いてもたってもいられなくなり、僕は展望台を降りてオートバイに跨った。

 いくつのコーナーを抜けただろう。まだ湖に到着していない。コーナーを抜けるたびに、僕は目の前に湖が広がっている風景を想像した。しかし、その期待は裏切られ続けた。何度コーナーを抜けても同じような風景が続いていた。

 先程の展望台から見た感じだと、もう到着してもよい頃ではないか。そう思った瞬間、不安が頭をかすめた。

 道を間違えたのではないか。
 ほぼ一本道だが、いままで数本枝分かれした道があった。湖へたどり着くには、その枝分かれしたいずれかの道を行かなければならなかったのではないか。しかし、あれからだいぶ進んできてしまっている。地図を確認しようか。しかし、このような目印のない森の中、自分がどこにいるのかはっきりわからない。

 いろんな考えが交錯しながら、僕はオートバイを停めることもできないまま、走り続けていた。コーナーを抜けた。その時、湖が目の前に広がった。僕は安堵のため息をもらした。



 タバコを吸いながら、湖を見ていた。一軒だけある土産物屋と食堂が一緒になった店の中にあるテラスにいた。そこから湖が一望できた。初めての道、初めての場所、初めての風景、初めてのツーリング。それらが僕を興奮させていた。

 自分に自信がついたとか、度胸がついたとかそんな実感は何もなかった。ただ一つだけ、僕は決心した。

 今の彼女にいつかプロポーズしよう。それは僕の方からでなくてはだめなんだ。

 僕は、そう心に誓った。

写真

武田宗徳(たけだ・むねのり)

 1974年静岡県生まれ。96年よりモーターサイクル(カワサキ・エストレア)に乗りはじめる。2000年頃よりバイク小説を書きはじめ、02年からは自らの小説による手作りのフリーペーパー、『Rider's Story』の編集・発行、静岡県を中心に配布している。GOGGLEやOutRiderなど雑誌への掲載実績も複数、ON THE ROAD MAGAZINE本誌では06年より小説『Rider's Story』を連載。08年、静岡学術出版より新書『バイク小説短編集"Rider's Story"~僕は、オートバイを選んだ~』を出版。09年、13年以上乗り続けた愛車エストレアが不動となり、09年モデルの同じエストレアを新しい相棒とする。プライベートは夫であり二人の男の子の父。現在静岡県藤枝市を拠点に活動中。



ホームページ:http://www.geocities.jp/mjy_t


ブログ『Rider's Life』:http://www.orm-web.co.jp/blog/riders_life

PAGE TOP