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MOTORCYCLERider's Story 『思い出と共に』

2011.04.01

静岡在住の小説家、武田宗徳がお届けする"Rider's Story"

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文と写真:武田 宗徳

 オートバイを買い換えることにした。十年乗り続けた愛車とは明日でお別れだ。あちこちガタが出てきたというのもあるし、他に乗ってみたいオートバイが発売されたというのもある。いつかはこういう日が来る。それが、明日になっただけのことだ。わかってはいるが、なんだろう、この寂しく、切ない想いは。
 私は、丁寧にこの愛車を洗っていた。明日、下取りに出されるオートバイは中古車として売りに出されることはないかもしれない。走行距離は五万キロを越えているし、年式も十年落ちだからだ。洗車する必要などないのだろう。しかし、十年間を共に過ごし、思い出がたくさん詰まったこの愛車と別れるというのに、何もしないではいられなかった。
 中性洗剤を使い、スポンジを泡立てて丁寧に洗っていく。ハンドル周りからフロントフォーク、フロントフェンダーへとゆっくりとこすっていく。フロントフェンダーの先端のほうにへこんだ部分がある。それを見た私は、ある出来事を思い出していた。
 二年位前だろうか。会社の駐輪場に愛車を停めていたのだが、その日は風が強い日で、隣に停めてあった新入社員の原付が倒れてきて、ハンドルがそこに当たったのだ。
私がオートバイを大事にしていることをその新入社員は知っていたから、あいつ、泣きそうな顔して謝っていたっけ。「いいよ、いいよ」なんて強がって心の広い先輩を気取っていたけど、本当はすごくショックだったんだよな。結局、弁償もさせず、そのままにして乗っていたんだ。今思えばこのフェンダーのへこみもいい思い出だ。
 タンクを洗い、シートも洗う。一通り洗い終わると水で洗い流し、雑巾で水気を拭き取る。雑巾でマフラーを拭く。このステンレスのマフラーの下側には縁石にぶつけた跡がある。これはもう八年位前、伊豆方面へ日帰りツーリングしたときのことだ。下りの峠道を走っていて、左側に見晴らしのいい展望台を見つけたのだ。スピードが出ていたが、どうしてもこの展望台の景色が見たくて、私は急ブレーキをかけ、左に折れようとした。そのとき、曲がりきれなくて、出入り口脇の縁石にマフラーをぶつけてしまったのだ。衝撃で後輪が浮いてしまったほどだ。まだオートバイ暦が浅く、ツーリング初心者だった私は、壊れていないか、ちゃんと帰れるか心配でどきどきして、景色を楽しむどころではなくなっていた。結局、マフラーは外れることも、壊れることもなく、無事帰ることができた。オートバイって頑丈にできているんだな、と感心したものだ。
 私は普段は洗わないところまで丁寧に洗っていた。ウエスで細かい油汚れや埃を取り除いていく。ステップの付け根の汚れを取っていると、キラっと光る何かが目に入った。何だろう、と指を突っ込んで取り出してみると、なんと小さな花の形をした素朴なピアスだった。はっとして、五年前に付き合っていた女性のことを思い出した。由美のピアスだ…。
 今の妻と出会う前、由美という女性と二年間付き合っていた。今の妻はオートバイにはあまり興味がないが、由美という女性はオートバイが好きで、よく二人乗りをした。二人で富士の湖へタンデムツーリングしたことがある。湖へ到着し、由美がヘルメットを脱いだとき、「ピアスを落とした」と彼女にしては珍しく大きな声を出して騒いだ。あの時、私たちはオートバイの周りの地面を二時間かけて探したが、結局見つからなかったのだ。当然である。オートバイにはさまっていたのだから。
 今更出てきてもな。だが、私の中にふと、返しに行こうか、という思いが沸いてきた。それでなくても郵送して返すのでもいい。由美のやつ驚くだろうか。なんて、思うだろう。私のことを思い出してくれるだろうか。ピアスをじっと見てみた。地味な女性だった。かわいらしいが素朴なこのピアスを、由美は気に入っていたのだ。一瞬盛り上がった私の感情が徐々に冷静さを取り戻していった。これは大切な思い出かもしれないが、あくまでも思い出だ。このピアスとはこの愛車と共にお別れしたほうがいい。本当に大切なのは今とこれからだ。今の妻と来年生まれる子供と過ごすこれからの方がうんと大事なのだ。今更過去をほじくってどうする。彼女とのたくさんの思い出は、明日、この愛車と共にお別れだ。これからは、新しいオートバイと共に今の家族と新しい思い出を作っていくんだ。私は手に持っていたピアスを愛車のステップの付け根の奥に戻した。見えないように、奥の方へグッと押し込んだ。
 

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武田宗徳(たけだ・むねのり)

 1974年静岡県生まれ。96年よりモーターサイクル(カワサキ・エストレア)に乗りはじめる。2000年頃よりバイク小説を書きはじめ、02年からは自らの小説による手作りのフリーペーパー、『Rider's Story』の編集・発行、静岡県を中心に配布している。GOGGLEやOutRiderなど雑誌への掲載実績も複数、ON THE ROAD MAGAZINE本誌では06年より小説『Rider's Story』を連載。08年、静岡学術出版より新書『バイク小説短編集"Rider's Story"~僕は、オートバイを選んだ~』を出版。09年、13年以上乗り続けた愛車エストレアが不動となり、09年モデルの同じエストレアを新しい相棒とする。プライベートは夫であり二人の男の子の父。現在静岡県藤枝市を拠点に活動中。



ホームページ:http://www.geocities.jp/mjy_t


ブログ『Rider's Life』:http://www.orm-web.co.jp/blog/riders_life

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