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MOTORCYCLERider's Story 『いつかの朝焼け』

2011.06.08

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静岡在住の小説家、武田宗徳がお届けする"Rider's Story"

文と写真:武田 宗徳


 美咲はパイプベッドから起き上がり、小さな冷蔵庫を開けて缶ビールを手に取ったが、思いとどまり再び冷蔵庫に戻した。

「今飲んだら、ますます眠れなくなるじゃない」
 一人呟いて、再びベッドに潜り込んだ。アルコールが入ると美咲は興奮して眠れなくなる体質だった。それに、今日の美咲はただでさえ興奮していた。時間はもう深夜二時を回っていた。美咲は、ベッドから手を伸ばし、サイドテーブルの上に置いてある手紙をとった。ベッドに横になったまま、声に出して読んだ。

「misaki様 初めまして。先日、青山であなたの洋服を買った者です。実は、あなたの服を買ったのは三回目なのです。ハガキを出そうと思いながら、時間が経ってしまいました。かわいすぎず、カッコよすぎず、絶妙なバランスの「カッコかわいい洋服」がすっごく私好みです。うまく伝えられたかどうか心配ですが、ファンの一人として、これからも影ながら応援しています。無理をせずにがんばってください」

 読み終えると、美咲は両手で持っているその手紙を顔に押し当て、そのまま寝返りを打った。

「ファンだって……」

 そう言いながら、美咲はもう一度手紙を見た。思わず顔がにやけてしまう。

 美咲はオリジナルブランドを営んでいる洋服のデザイナーだ。自分で生地を買って、洋服を作って、お店に置かせてもらうまでを一人でやっている。今、大きな夢に向かってスタートしたばかりだった。今日、生まれて初めてのファンレターが届いた。美咲はうれしくて仕方がなかった。

「いかんいかん。明日は朝から打ち合わせだってのに」

 手紙をサイドテーブルに戻し、美咲は布団を頭からかぶった。目をつぶって、しばらく動かずにいたが胸の鼓動はおさまらなかった。

 美咲は眠れないでいた。美咲はベッドから起き上がって着替えを始めた。シンプルだがシルエットの気に入っているオレンジ色のTシャツに、お尻の形がよく見えるジーンズを履いた。簡単に化粧をした。チェックの半袖シャツを羽織り、財布とサングラスを持ってアパートを出た。

 アパートの駐車場にライトブルーのミニが停めてある。いわゆる昔のミニだ。美咲が東京に住まずに神奈川県の郊外に住んでいるのは、これに乗りたかったというのもあった。

 美咲は東名厚木インターに向けて、走り出していた。

 深夜の高速は静かだ。いや、正確に言えばうるさいのだろう。ミニのエンジン音は悲鳴を上げているし、たまに追い抜いていくトラックの排気音も腹に響く。だが、深夜という時間は一般的に活動していない時間のはずで、それだからか騒音の中にもひっそりとした静けさを感じる。漆黒の闇がそう感じさせているのかもしれない。
 美咲はぼんやり考えていた。美咲が眠れないほど興奮していたのはもう一つ理由があった。美咲は一年前の今日のことを思い出していた。

 隆という男と海を見ていた。太平洋から太陽が顔を出す時刻で、朝焼けが見事だった。
 隆は自分のバンドの自主制作CDのレコーディングを終えたばかりだった。美咲は友人のためにパーティー用の洋服を一着作り終えたばかりだった。二人は深夜に落ち合って、隆は赤い大型のバイクで、美咲はライトブルーのミニで東名高速に乗ってここまで来た。
「一年後の今日もさ、この時間にここに来ようよ」
 美咲はまぶしい光に目を細めて言った。
「それまで付き合ってるかな、俺たち」
「別れていても、私、来ようかな」

「ドラマみたいなこと言ってんなよ」
 隆は背を向け、防波堤の上から降りた。美咲は嫌な予感がしていた。お互いの夢に向かって進んでいくのに、お互いの足を引っ張り合っているのではないか。隆もそのように考えているのではないか。「お互いのために別れよう」と隆が言い出すのも時間の問題ではないか。今の隆のセリフからも、それは感じられたことだ。
 美咲の「別れていても、私、来ようかな」というセリフは、半分本気だった。

 沼津を過ぎた。朝が近づいているという気配は感じられるが、まだ空は明るくない。音楽もラジオもかけず、ただ走り続けていた。美咲はダッシュボードからキャスターマイルドをとると、百円ライターで火をつけた。隆もキャスターマイルドだった。隆と別れてから、美咲は煙草を覚えてしまった。

 相良牧の原インターで東名高速を降りた。空がうっすら明るくなっている。473号線を南下する。美咲は御前崎を目指している。美咲は今日というこの日に、御前崎に行くか行かないか、最後まで迷っていた。いっそのこと今日という日が何の日であるかを覚えていなければよかった。そうすれば、迷うことなく行かずに済んだ。一年間忘れないでいたから、迷うことになるのだ。
 そして今、美咲は御前崎に向かっている。

 海のすぐそばにあるホテルの駐車場にミニを駐車し、美咲は車の外に出た。季節はもう初夏だが、外はひんやりしていた。手を組んで、伸びをした。ノンストップでここまで来たのだ。一睡もしていないのだ。しかし、不思議と疲れや眠気は感じていなかった。道路を横切って防波堤へ登った。満潮の時刻なのだろうか。防波堤に波がぶつかっているほど、すぐそこまで海水がきている。地平線は幻想的な色に染まっている。太陽はまだ顔を出していないが、空はオレンジからブルーへのグラデーションで鮮やかだ。一年前よりもきれいだ。二人でこの景色を見たい。美咲はシャツの胸ポケットから煙草を取り出そうとしたが、やめた。
 隆はいない。来るはずがない。だが、美咲は小さな可能性に期待していた。来るはずがないとわかっていながら、反面、来る可能性はゼロではないと思っている自分がいる。そのほんの小さな可能性に、美咲は期待した。
 美咲は、あの大きなごつごつした手を思い出していた。その手でたまに頭をなでてくれた。とても幸せな気分になれた。いつも爪を短くしていて、「ギターを弾くから」と言い訳を言うように言っていた。あの手でまた頭をなでてもらいたい。「よく来たな」「よく今日を覚えてたな」そう言って頭をなでてくれることを、美咲は想像していた。

 いつの間にか太陽は完全に昇っていた。美咲は駐車場へ戻っていた。

「何やってんだろ、私」
 そう呟いて、ミニの運転席に腰を下ろした。エンジンをかけ、シートベルトをすると、美咲はグランドホテルの駐車場をあとにした。来た道をもどる。海沿いだが高い防波堤で海は見えない。美咲は涙を拭った。
 左カーブにさしかかった。法定速度を守っている。カーブの向こうから排気音が聞こえてきた。と思った瞬間、一瞬にして何かとすれ違った。美咲ははっきりと見た。赤い大きなオートバイだった。独特な形をした白いヘルメットは、確かアメリカ製のシンプソンだったか。
 隆だ。
 Uターンしようか。
 だが美咲はUターンできないでいた。その間、美咲は考えていた。別れてからまだ一年も経っていない。隆も自分のやりたい事がようやく形になり始めてきたころではないか。今、会っても、果たしてお互いのためになるだろうか。
 しばらくして、美咲はもっと重要な事に気付いた。それは、隆が今日ここに来た、という事実だ。それだけで十分ではないか。そう思えてきた。何故ならその事実は、美咲にある決心をつけさせたからだ。
 私がどうしても彼が必要だと思った時は、その時は、何も迷うことなく、意地をはる事も恥を感じる事もなく、素直に会いに行ける。そう決心がついた。
 美咲はミニのアクセルを踏み込んだ。さあ、帰ろう。
 今日は朝から打ち合わせだった。今から帰っても、約束の九時には間に合うだろう。
 美咲は、何かもやもやしたものがすっきりしたように感じていた。自分の今の仕事に専念していけるような気がした。もう眠れない夜などないのではないか、と思った。彼が必要だと思ったときは会いにいける、と思いながら、自分はもう二度と彼に会いに行かないのでは、とさえ思った。
 自分の夢の実現に向けて、今はそれだけを考えてやっていける。
 涙は乾いていた。
 朝日がまぶしい。美咲は持ってきたサングラスをかけた。
 美咲は窓を開けた。潮風が車内に入り込んできた。夏の匂いを感じた。
 胸ポケットから煙草とライターを取り出すと、外へ向かって勢いよく投げ捨てた。

写真

武田宗徳(たけだむねのり)プロフィール
 1974年7月14日生まれの二児の父。静岡県立藤枝東高等学校卒業後、立正大学経済学部に進学。大学4年間は漫画家になるために費やされたが、大学4年の秋、挫折。就職浪人のまま卒業し、地元静岡へ戻る。
 2000年からオートバイ小説を書き始め、オートバイ雑誌への掲載を経て、2002年春、地元静岡県藤枝市でフリーペーパー「Rider's Story」を発行し、配布を始める。1~2ヶ月に一度のペースで発行し続け、現在65号を数える。
 また、全国展開の乗り物系フリーマガジン「ON THE ROAD MAGAZINE」にてオートバイ小説を好評連載中。その他、静岡県志太地区限定の情報誌「志太コレクション」にもオートバイ小説を連載。
 愛車はカワサキエストレア2009年モデル。1台目は大学時代から乗っていた同じエストレアだったが、購入して13年と少したった2009年10月故障により廃車。同じ車両を新車で購入した。現在、通勤にツーリングにあらゆるシーンで活躍中。
 バイク以外の趣味はコーヒーをいれることと、フリーマーケット。
 

 2008年、静岡学術出版より『バイク小説短編集"Rider's Story"~僕は、オートバイを選んだ~』を出版。


 2011年、待望の第2弾。
 静岡学術出版より最新書『バイク小説短編集Rider's Story2~つかの間の自由を求めて~』を出版。


ホームページ:http://www.geocities.jp/mjy_t



ブログ『Rider's Life』:http://www.orm-web.co.jp/blog/riders_life

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