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MOTORCYCLERider's Story『一年後に電話して』

2011.09.16

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静岡在住の小説家、武田宗徳がお届けする"Rider's Story"

文と写真:武田 宗徳

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 携帯電話を片手に、僕は電話しようかしまいか迷っていた。一年という歳月が、あれは冗談だったのではないかと思わせて、電話するのをためらわせた。

一年前
「東京からですか?」
 黒いシングルの革ジャンを羽織った女性ライダーに声を掛けられた。
 僕は河口湖に来ていた。十月に入ったばかりだが、この辺りはもう秋が深まっていた。湖畔の駐車場にバイクを停めて、タバコを吸っていたときだった。愛車のハーレーは品川ナンバーだった。バイク乗り同士、仲間意識が働いて、ナンバーがきっかけで見ず知らずの人と会話が始まることがよくある。
「私もハーレーなんですよ」
 彼女は一人でツーリングしているようだった。僕もソロツーリング中だった。お互いハーレーに乗っているというのもあって、話しかけるきっかけになったのだろう。
 彼女は静岡市街から走ってきたそうだ。お互いの愛車を見せ合って、しばらく立ち話をしていたが、時間が丁度正午を回ったので、お昼を食べるつもりだがどうするか聞いてみた。
「まだ食べてないんですよ」
彼女がそう言ったので、一緒にどうかと聞いたら、喜んでそうしたいと言った。
ハーレーに乗る女性が増えているとは聞いていたが、自分の知り合いにはいなかった。目の前でほうとうを食べている彼女はハーレーのイメージとはかけ離れた華奢な女性だった。だが、会話を続けているうちに、彼女のさっぱりした男のような性格をうかがうことができた。ほうとうが口の中に入っているのに、僕のつまらない冗談に、大きな口を開けてケラケラ笑っていた。生き生きした彼女の表情と、その透き通った瞳を見ていると、いつの間にか、自分の彼女がこの女性だったらと思う自分がいた。
「結婚してるんですか?」
 初対面であるが、彼女はそんな質問を遠慮もせずにしてきた。していないと言うと、
「彼女はいるんですか?」
と聞いてきた。いる、と僕は強がって言った。うそはついていない。本当に一年付き合っている彼女がいる。だが、僕は終わりにしたいと思っていた。山や海にツーリングに行くことが好きな僕に対して、街でショッピングしたり、遊園地に行ったりするのが好きな彼女では、すれ違うのも当然だ。価値観の違いというのをひしひしと感じていた。
 会計を済ませようと店のレジに行った。僕が奢るというのに、彼女は割り勘だと聞かず、結局、割り勘で支払った。
 店を出ると二人でバイクの停めてある場所まで歩いた。
「これから、どこに行くんですか」
 僕は洞窟を見に行こうかと思っていることを告げた。
「一緒について行ってもいいですか」
 彼女は僕を覗き込んで言った。構わないと言って僕は愛車に跨った。エンジンに火を入れると、ハーレーのVツイン独特の不規則な排気音が辺りに響く。二台のハーレーは適度な間隔をあけて駐車場を飛び出した。

「こわいですね」
地表に大きな口を開けている洞窟の入り口を見て、彼女は、らしくないセリフを呟いた。僕は黙って洞窟の中に入って行った。彼女もあとに続く。
「ちょっと、待ってよ」
 僕の歩くペースが早いのだろう。彼女が遅れだした。僕は意地悪を思いつき、ますますペースを上げて進み、その先にあった岩陰に隠れた。
「ちょっと! 待って!」
 彼女は、暗がりの中、小走りでこちらに近づいてくる。タイミングを見計らって、僕は大きな声を上げ、勢いよく彼女の前に飛び出した。
「ぎゃあ」
 彼女は大きな悲鳴を上げて、尻餅をついた。それを見た僕は声を上げて笑った。
「ひどい」
 彼女の目に涙が見えた。彼女が泣いていることに気づいた僕は驚いて謝った。
「ズボンも濡れちゃった」
 地面に水たまりがあったのだ。僕は重ねて謝った。彼女は怒っていた。いや、怒っているフリをしていたのかもしれない。洞窟を出るまで彼女は一言もしゃべらなかった。駐車場に戻ると彼女はようやく口を開いた。
「お詫びに何をしてもらおうかな」
 僕は何して欲しいか聞いた。
「電話ください。一年後に」
 なんだろうと僕は思った。
「一年後にあなたが、独身で彼女もいなかったら電話してください」
 彼女は続けた。
「そうしたら、もう一度、私とツーリングしてください」
 なんて素敵な、彼女らしい、バイク乗りらしい約束なんだろう。断れるはずがなかった。僕たちは電話番号を交換した。

 僕は携帯電話を片手に自宅のソファに座っている。じっと画面に表示された彼女の電話番号を見ている。あとは発信ボタンを押すだけだ。
 付き合っていた女性とは夏前に別れた。今は十月。あれから丁度一年経った。一年経った今では、あれは彼女の冗談だったのではないかと思えてきて、電話するのをためらわせる。彼女にも彼氏ができている可能性だって大いにあるのだ。そもそもこの約束すら、すっかり忘れているかもしれない。電話しようか、しまいか。携帯電話片手に迷いながらもう一時間経過していた。
 彼女の透き通った瞳を思い出した。その目から流れた涙を思い出した。怒ったフリして見せたふくれ面を思い出した。
冗談だっていい。忘れていたっていい。約束したことは事実なのだ。(覚えてる? 本当に電話したよ)と平然と言えばいいのだ。
 思い切って発信ボタンを押した。呼び出し音が流れ始めた。携帯電話を耳に押し当て、僕は目をつぶっていた。
じっと呼び出し音を聞きながら、僕は、彼女のケラケラと声を出して笑ったときの、あの生き生きとした表情を思い出していた。

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武田宗徳(たけだむねのり)プロフィール
 
1974年7月14日生まれの二児の父。静岡県立藤枝東高等学校卒業後、立正大学経済学部に進学。大学4年間は漫画家になるために費やされたが、大学4年の秋、挫折。就職浪人のまま卒業し、地元静岡へ戻る。
 2000年からオートバイ小説を書き始め、オートバイ雑誌への掲載を経て、2002年春、地元静岡県藤枝市でフリーペーパー「Rider's Story」を発行し、配布を始める。1~2ヶ月に一度のペースで発行し続け、現在65号を数える。
 また、全国展開の乗り物系フリーマガジン「ON THE ROAD MAGAZINE」にてオートバイ小説を好評連載中。その他、静岡県志太地区限定の情報誌「志太コレクション」にもオートバイ小説を連載。
 愛車はカワサキエストレア2009年モデル。1台目は大学時代から乗っていた同じエストレアだったが、購入して13年と少したった2009年10月故障により廃車。同じ車両を新車で購入した。現在、通勤にツーリングにあらゆるシーンで活躍中。
 バイク以外の趣味はコーヒーをいれることと、フリーマーケット。

 
2008年、静岡学術出版より『バイク小説短編集"Rider's Story"~僕は、オートバイを選んだ~』を出版。

2011年、待望の第2弾。
 静岡学術出版より最新書『バイク小説短編集Rider's Story2~つかの間の自由を求めて~』を出版。


ホームページ:http://www.geocities.jp/mjy_t
ブログ『Rider's Life』:http://www.orm-web.co.jp/blog/riders_life

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