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MOTORCYCLERider's Story『あのオートバイ、再び』

2010.08.14

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静岡在住の小説家、武田宗徳がお届けする"Rider's Story"。今回は運命の再会の物語り。

『あのオートバイ、再び』

文:武田宗徳

最近、思うのだ。また、オートバイに乗ってみようかと。

 今年で三十五歳になる私は、一つ年下の妻と二人の男の子と四人で暮らしている。二人の息子は小学校に入り、妻も仕事を始め、経済的にも時間的にもわずかだがゆとりができつつある。そんな心のゆとりが「オートバイに乗ってみようか」という気持ちにさせたのだと思う。

 オートバイは二十の時から五年間乗っていた。ヤマハのSRだった。キック始動にはてこずったものの、気に入っていたし、愛着もあった。しかし、二十五歳の結婚の時、車とオートバイの両方の維持は難しいという経済的な理由で、泣く泣く手放した。

 もう一度、SRに乗ってみたい。



 こうなると面白いもので、外に出るとオートバイがやたらと目に入ってくる。通勤途中の車中から見かけたり、休日などは出掛けた先の駐車場に停まっているのをついつい眺めたりする。それがSRだったりすると、細部まで舐め回すように見て、ほほう、最近のSRは排ガス規制でこうなっているのか、などと感心したりしている。



 子供たちを絵画教室へ送ったあと時間が空いたので、私はあてもなく車を流していた。やはり、オートバイに目がいってしまう。大型のネイキッドとすれ違った。ビッグスクーターが車の脇をすり抜けていく。後ろにはSRがついてきている。しばらく走っていると、すきを見てそのSRが私の車の右側を追い越していった。そのとき、私は見た。はっきりと見た。真っ黒に塗装されたタンクの左側に「K」の文字ステッカーが貼られているのを。私はなるべく近づいてマフラーを確認した。あの小ぶりなキャプトンマフラーはペイトンプレイス製に違いない。驚いた私は無意識のうちにそのSRのあとを追っていた。

 そのSRは郊外の大きなオートバイショップに入っていった。私も車であとに続く。そのSRのオーナーらしい青年は店内へ入り、オートバイを吟味している。私は車から出て、青年のSRに近づいていった。

 私はタンクの右側を見た。やはり、こちら側には「Y」の文字ステッカーが貼られている。

 私は驚いている。信じられなかった。これは間違いなく、私が二十五歳まで乗っていたSRだ。

 ミラーやグリップなどは当時のものとは違うが、黒く塗装されたタンクやタンクの両サイドの文字ステッカー、ペイトンプレイスのキャプトンマフラーは当時のままだ。懐かしい。十年振りの再会だ。

 私は店内をガラス越しに覗いた。SRの青年は展示されているオートバイを指差しながら店員と会話している。そして、しばらくすると、青年は店から出てきた。こちらへ近づいてくる。私は、怪しい者だと思われないよう紳士的に話しかけた。

「このSRのオーナーさんですか?」

青年は「え?」という表情を一瞬見せて、言った。

「ええ」

「失礼ですが、オートバイを買い換えるのですか?」
「考えているんですけどね。このSR、もうオーバーホールした方がいいって言われてしまって。オーバーホールするくらいなら買い換えた方がいいかなって。もう十分長い間乗りましたしね」

「どれくらい乗っているんですか?」
「十年です」
「……」

 私がオートバイショップにSRを売ったのが十年前。ということはこのSRの今までのオーナーは、私とこの青年の二人だけということになる。なんだかこの青年に物凄く感謝したい気持ちになった。
「あの、信じてもらえないかもしれませんが……」

 私は打ち明けることにした。
「私、昔このSRのオーナーだったんです」

「え? でも、僕十年間乗ってるんですよ」

「十五年前に新車で購入しまして、そこから五年間、つまり十年前までこのSRに乗っていたんです」

「本当ですか! じゃあ、このタンクの塗装も文字ステッカーもあなたが……」

「そうです。右側の「Y」は私の名前、ヨシオの頭文字。左側の「K」は当時の彼女の名前、カヨの頭文字なんです。恥ずかしいですね。若気の至りってやつです」

「そうだったんですか。文字ステッカーもセンスよく貼られていたんで、はがさずそのまま乗っていました」

「いやあ、このSRを見て懐かしくてうれしくて、つい話しかけてしまって、すいません」

「いえいえ、なんだか僕もうれしいです」

「あの、これ下取りかなんかに?」

「下取りといっても廃車のようなものですよ。十五年落ちのオートバイに値段なんて付きませんよ」

「あの……もし、よろしければ、このSR売っていただけませんか!」
 私は考えもせず、迷わずにそう口に出た。

「え」

「出来るだけあなたが満足のいく価格で買わせていただきますから」
 妻に相談などしない。どうしても、このSRを手に入れたい。

 なんと青年は「差し上げますよ」と言ってくれた。



 一ヵ月後。

 オーバーホールされたSRが私の手元にやってきた。戻ってきた、と言ってもいいだろうか。十年ぶりに私の元へ戻ってきたのだ。私は家の中にいる妻を駐車場へ連れてきた。

「ほら、見てよ」

 私はタンクを指差して妻に言った。

「懐かしい! でも、あのイニシャルのステッカー恥ずかしいわ」

「これは剥がさないよ」

「……別にいいけど」

「あの頃、よく二人乗りしたよな」

「あなた、当時は車持ってなかったから、寒い冬もこのオートバイで。私、大変だったんだから」

「なあ、また二人乗りしようか」

「嫌よ」

 妻はそう言うと玄関の方へ行ってしまった。

 十年前、まだ恋人同士だった頃によく乗っていたオートバイに再会して、妻はどう思ったのだろうか。

 背中を向けながら、妻がぽつりと言った。

「暖かくなったら、乗ってもいいわよ」

 その言葉を聞いた私は心の中でにやりとして、こう思った。

 本当は乗りたいくせに。

                       おわり

武田宗徳(たけだ・むねのり)

1974年静岡県生まれ。96年よりモーターサイクル(カワサキ・エストレア)に乗りはじめる。2000年頃よりバイク小説を書きはじめ、02年からは自らの小説による手作りのフリーペーパー、『Rider's Story』の編集・発行、静岡県を中心に配布している。GOGGLEやOutRiderなど雑誌への掲載実績も複数、ON THE ROAD MAGAZINE本誌では06年より小説『Rider's Story』を連載。08年、静岡学術出版より新書『バイク小説短編集"Rider's Story"~僕は、オートバイを選んだ~』を出版。09年、13年以上乗り続けた愛車エストレアが不動となり、09年モデルの同じエストレアを新しい相棒とする。プライベートは夫であり二人の男の子の父。現在静岡県藤枝市を拠点に活動中。

ホームページ:http://www.geocities.jp/mjy_t

ブログ『Rider's Life』:http://www.orm-web.co.jp/blog/riders_life

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