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MOTORCYCLERider's Story『引退試合』

2010.08.26

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静岡在住の小説家、武田宗徳がお届けする"Rider's Story"。

『引退試合』

文:武田宗徳

風を切る。
 
土手沿いの道を、木漏れ日の中、スーパーカブは疾走していた。
 
宮本健太、十六歳。初めての体験だった。
 
土手沿いの木が途切れ、視界が広くなる。気持ちの良い景色だ。風景が心地よい速度で過ぎ去っていく。生まれて初めての感覚。このスピード感は新鮮で、感動的ですらある。
 
向こうに河川敷のグラウンドが見えた。草野球の試合中のようだ。健太はそこで休憩がてら野球の試合でも眺めようと思った。
 
土手から降りて、適当な場所でボロの愛車のスタンドをかける。興奮がさめやらない。どこへでも行ける気がした。何でも出来る気がした。
 
グラウンドに近づくと、いかにも速そうなオートバイが停まっている。漢字で「隼」と書いてある。
「すっげー」
 
健太はそのオートバイに釘付けになった。おそらく持ち主は、あそこのベンチで草野球をぼんやり眺めている、革ジャンのおじさんだろう。健太の予想では三十代後半。そっと近づいてみた。おじさんと目が合った。

「引退試合だってよ」

「はい?」

「あのピッチャー、還暦を迎えたそうだ」

「はあ」

「まったく、草野球に引退もくそもあるかってんだ」

「でも、六十歳でピッチャーって、すごくないですか」

「まあな……」
 
還暦を迎えたというピッチャーは、打たせて取るというスタイルらしいが、それにしても打たれ過ぎだ。

「ねえ、あのバイク、おじさんのですか」

「そうだけど……おじさんて失礼だな」

「すいません。……やっぱり速いですか」

「速いよ。……でもさ、俺さ、本当はアメリカンかなんかでのんびり走りたいんだよな。ゆっくり、のんびりな」

「そうですか。僕は断然速いのがいいです。バイクはスピードですよ。今はカブだけど、将来は絶対ビックバイクに」

「ふふ、がんばれよ」
 
おじさんはタバコを取り出し、火をつけた。目を細めてゆっくりと吸っていた。煙を吐いたのだろうが、健太にはため息のように見えた。

「じゃあな、坊主。俺は行くよ」
 
おじさんは立ち上がって、オートバイのほうへ歩き出した。
 
おじさんの背中が小さくなっていった。

 

夜中に小便をもよおして、健太は目を覚ました。面倒くさかったが、布団から起き上がり、階下へ降りた。
 
トイレを済ますと、居間に電気が点いているのに気づいた。兄貴がエロビデオでも見ているのかもしれない。そっと、戸の隙間から覗いてみる。兄貴の頭と、その向こうにテレビが見えた。
 
オートバイのレースの映像だった。

「兄貴」
健太は声をかけ、居間に入っていった。

「おう」 

「バイクのレース?」

「お前も見るか」

「言ってくれれば良かったのに。最初から見たかった」

「そうか。再放送だけどな」

「ふうん」

「最後のレースだってよ」

「え?」

「引退レースだ」

「誰の?」
 
兄貴はブルーのマシンを指した。そのオートバイは10位だった。健太は、注意深くブルーのマシンを目で追った。コースを何周かするうちに、その走り方の特徴がわかってきた。ミスが多い。が、それを上回り、補うだけのスピードがある。熱い走りという感じだ。がむしゃら、という言葉が似合う。懸命に上位を目指している。

「俺、好きだったんだよな、このライダー。速かったんだぜ。黄金期はどのレースでも一位、断トツ、敵なしだった」

「ふうん」

 

ブルーのマシンは、三位に入賞した。健太は感動した。レースのことはあまり知らないが、ブルーのマシンの走りに感動した。
 
表彰の場面で健太は声を上げた。

「おじさん!」
 
表彰台の三位の場所に、河川敷のグラウンドで出会ったおじさんが立って、引退を表明している。兄貴が変な顔をして健太を見た。
 
おじさんは、泣いていた。うれしさからか、くやしさからか、それとも別の涙なのか、考えても健太にはわからなかった。

 

健太は黙って居間を出た。玄関に置いてあるヘルメットとスーパーカブのキーを持つと、外へ出た。兄貴の、おい、という声が家の中から聞こえた。健太はカブに跨り、駐車場から飛び出した。
 
闇の中、国道をひたすら東へ向かった。健太は頭の中で、おじさんのことを思った。
 
草野球の引退試合を見ていた。
 
僕に話しかけてくれた。
 
隼に乗っていた。
 
でも、とてもプロのライダーには見えなかった。おじさんのことをもっと理解したかった。でも、おじさんのことはよくわからない。そんな自分が悔しかった。
 
健太はカブのスピードメーターに目をやった。法定速度を守っている。おじさんは、本当は、のんびり、ゆっくり走りたいと言っていた。
 
プロのライダーなのに、ゆっくり走りたいだなんて。
 
でも、僕は……。
 
右手に力を入れる。健太は、じりじりとアクセルを開けていった。速度が徐々に上がっていく。そして、フルスロットル。漆黒の闇の中へ、健太は吸い込まれていく。
 
このままどこかへ行ってしまおうか。どこへでも行ける気がする。でも、どこまで行っても、僕はこのまま変わらないのかもしれない。
 
意味不明の焦りが、健太を襲う。
 
大人になればゆっくり走りたいと思うのだろうか。
 
だとしたら、僕は大人になんかなりたくない。

 

健太は、がむしゃらに走り続けた。闇の中、ただひたすら東へ。

                                                                                 おわり

武田宗徳(たけだ・むねのり)

1974年静岡県生まれ。96年よりモーターサイクル(カワサキ・エストレア)に乗りはじめる。2000年頃よりバイク小説を書きはじめ、02年からは自らの小説による手作りのフリーペーパー、『Rider's Story』の編集・発行、静岡県を中心に配布している。GOGGLEやOutRiderなど雑誌への掲載実績も複数、ON THE ROAD MAGAZINE本誌では06年より小説『Rider's Story』を連載。08年、静岡学術出版より新書『バイク小説短編集"Rider's Story"~僕は、オートバイを選んだ~』を出版。09年、13年以上乗り続けた愛車エストレアが不動となり、09年モデルの同じエストレアを新しい相棒とする。プライベートは夫であり二人の男の子の父。現在静岡県藤枝市を拠点に活動中。

ホームページ:http://www.geocities.jp/mjy_t

ブログ『Rider's Life』:http://www.orm-web.co.jp/blog/riders_life

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