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MOTORCYCLERider's Story『手紙』

2010.09.05

静岡在住の小説家、武田宗徳がお届けする"Rider's Story"

『手紙』

写真

 

文:武田宗徳


 真治のボロアパートの郵便受けに、一通の手紙が入っていた。写真撮影のアシスタントの仕事で疲れて帰ってきた真治は、郵便受けから手紙を取り出した。真治宛に、手紙はめったにない。アパートの階段を登りながら、封筒の裏の差出人の名を見た。一瞬、動けなくなった。

「多佳子・・・」

 大学を卒業して以来、初めての手紙だ。卒業してから六年経っている。しっかり住所も記されている。実家のある兵庫県でアパートかマンションに住んでいるようだ。
「幸せな家庭・・・なんだろうな」

(真治、久しぶり。元気? 写真家にはなれたの? 写真集を出すことが夢だったよね。それにはちょっとは近づいた? その日が来るのを楽しみに待っています。私のほうはのんびり過ごしています。ではまた。 P・S 突然の手紙で驚いたでしょ。 多佳子)

 なんだこれ、と真治は思った。音信不通だった六年間を経て、初めて届いた手紙がこれだ。何か事件とか、緊急の用事とか、何かあるから手紙を出したのかと真治は思った。この手紙には書いたその理由が全く見当たらない。

 ただ、多佳子の住所ははっきりした。

 もう夜中の二時を回っているし、本来ならシャワーを浴びて寝るだけなのだが、真治は返事を書くことにした。そして、そのままポストへ出しに外へ出た。



 翌日、朝早くから撮影のアシスタントの仕事があったが、そのぶん昼ごろには終了し、そのまま帰宅できた。
 気がつくと、真治は900ccのオートバイで東名高速道路入口、用賀料金所へ向かっていた。
 沼津を過ぎたあたりで、雨が降ってきた。真治はレインスーツを持ってこなかった。急いでいたというのもあった。持ってきたのは免許証の入った革の財布と地図とカメラ、そして多佳子の住所の書かれた封筒だけだ。

 途中、疲れと寝不足から強烈な睡魔が襲ってきた。意識朦朧としながらどこかわからないサービスエリアに入り、一休みすることにした。屋根のあるベンチで横になった。目を閉じて、大学生活の後半二年間の、多佳子との暮らしを思い出していた。

 真治は、いつの間にか熟睡していた。



 真治が気づいたときにはすでに日が昇ろうとしていた。慌てて起き上がり、トイレで顔を洗うと、カワサキに跨り、サービスエリアを飛び出した。仕事はサボる。一路、兵庫県加古川市を目指す。

 多佳子の住んでいるアパートは、家庭を持っているわりに、小さなアパートだった。もう夕方近い時間になっていた。封筒に書かれた住所は、二号棟の201となっている。真治は201号室と思われる部屋の窓に目をやった。

 女性と目が合った。はっきりとは見えないが、あれは確かに多佳子だ。しばらくお互い目を離せなかったが、多佳子は窓際から姿を消した。そして、多佳子はアパートから出てきて、真治のそばまで走ってきた。

「真治……」

「……ひさしぶり」

「どうしたの」

「……近くを通ったから」

「近くって、こんなところを?」

「仕事でな。撮影の」

「……そっか、まだあきらめずにがんばってるんだ」

「うん。……子供は?」

「まだ」

「旦那さんは?」

「今日は……残業で遅くなるみたい」

「相変わらずでほっとしたよ。急に老け込んでたらどうしようかと思った」

「失礼しちゃう」

多佳子は意識してか、柔らかそうな栗色の髪をかきあげた。

「バイク、大学時代から変わってないね」

「大事に乗ってるから」

「たまに、後ろに乗せてもらったなあ」

「そんなこともあったな。……手紙、俺の住所よくわかったな」

「変わってないと思ったから」

「ははは。確かに今の俺には引っ越す金もないし、高い家賃も払えない」

 オートバイの排気音が近づいてきた。郵便カブだ。多佳子に郵便物が来たようだ。

「じゃあな。もう帰らなきゃ」

「もう?」

「うん」

 大きくなった赤い太陽が、西の山に隠れようとしている。真治は、オレンジ色に染まった多佳子の頬を見つめた。そして、バッグから無言でカメラを取り出す。多佳子はじっとしている。真治はカメラを構える。レンズ越しに見る多佳子は、撮り過ぎだと嫌がられた六年前と何も変わらないように見える。シャッターチャンスを待つ。

 名前のわからない大きな鳥が、ギャア、と鳴いた。多佳子は気を取られた。真治は静かにシャッターを押した。

「じゃあな」

真治は背を向け、少し離れたところに置いたオートバイの方へ歩いていった。

「ばいばい」

多佳子もアパートの階段へ向かった。階段の手前にある郵便受けを見た。
 真治からの手紙だ。

 多佳子は、ハッとして振り返る。真治はヘルメットをかぶり、グローブをはめ、出発の準備をしている。急いで乱暴に封筒を破り、手紙を読む。

 手紙を読み終えた多佳子は、ウソをついたことに後悔した。結婚しているというウソをついたことに後悔した。あの結婚を約束した彼は婚約の一週間後、別の人を妊娠させてしまい、その人と結婚してしまったのだ。

「真治!」

多佳子はありったけの声を出して叫んだが、真治は何も反応しない。

 真治はオートバイに跨り、ひとふかしした後、勢いよく走り去っていった。みるみる小さくなっていく。多佳子の瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。

(久しぶり。元気そうでよかった。俺はカメラマン目指して修行中だ。手紙もらって、大学時代を思い出した。あの二年間は楽しかった。 真治)

「真治、早いよ。手紙より早いなんて」

多佳子は涙を拭きながら、笑みを浮かべて一人呟いた。



 三カ月後。真治から連絡があり、多佳子は言われたとおり本屋へ向かった。写真の雑誌を見てくれ、ということだった。

 雑誌を見ると、あの時真治が撮った多佳子の写真が入賞していた。被写体への思いが伝わってくる、そんなコメントが載っている。そして多佳子は、タイトルを見てハッとした。



「変わらぬ想い」

                                おわり



武田宗徳(たけだ・むねのり)

 1974年静岡県生まれ。96年よりモーターサイクル(カワサキ・エストレア)に乗りはじめる。2000年頃よりバイク小説を書きはじめ、02年からは自らの小説による手作りのフリーペーパー、『Rider's Story』の編集・発行、静岡県を中心に配布している。GOGGLEやOutRiderなど雑誌への掲載実績も複数、ON THE ROAD MAGAZINE本誌では06年より小説『Rider's Story』を連載。08年、静岡学術出版より新書『バイク小説短編集"Rider's Story"~僕は、オートバイを選んだ~』を出版。09年、13年以上乗り続けた愛車エストレアが不動となり、09年モデルの同じエストレアを新しい相棒とする。プライベートは夫であり二人の男の子の父。現在静岡県藤枝市を拠点に活動中。

ホームページ:http://www.geocities.jp/mjy_t

ブログ『Rider's Life』:http://www.orm-web.co.jp/blog/riders_life

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