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MOTORCYCLERider's Story『ばかやろお、が聞きたくて』

2010.09.18

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静岡在住の小説家、武田宗徳がお届けする"Rider's Story"

『ばかやろお、が聞きたくて』

文:武田宗徳


 ちぇ、と舌打ちして僕はバイクショップを後にした。あのチェーン店の店員のセリフを思い出していた。
(買い換えた方がお得ですよ。十年も乗っていたらエンジン以外でもガタがきているでしょう。オーバーホールは新車を買うよりも安上がりかもしれませんが、バイクを全体的に見ると買い換えたほうが断然お得です)
 お店としても、修理より買い替えの方が手っ取り早くて、儲かるのだろう。修理を頼めばやってくれたのかもしれない。だが、面倒だと思いながらやってもらいたくなかった。それで手抜きされても困る。
 僕は愛車に跨り、考えながら走っていた。そういえば、この先に僕が物心ついたときからある小さなバイクショップがある。一度も入ったことはないが、そこへ行ってみようと思った。
 お店の前にバイクを停めて、入り口へ向かった。入り口のガラス戸には「御用の方は裏へ」と、殴り書きした汚い字のメモが貼ってある。
 裏へ回るとガレージがあり、そこに真っ黒に汚れたツナギを着たおじさんがいた。白髪混じりの坊主頭に髭を生やしたその人には、怖そうな雰囲気が漂っていた。乱雑なガレージの中でラジオを聴きながら大型バイクをいじっている。
「こんにちはー」
 僕は声をかけた。おじさんは、にらむようにこちらを一瞥した後、一言、
「ちょっと待ってろ」
と、言った。僕は驚いた。(お店の人が初対面の客に言うセリフじゃないな…)店の親父はぶつぶつ言いながら、作業にキリをつけ、手を洗ってからガレージの外に出てきた。
「なんだ」
 僕は、取り敢えず愛車の症状を伝えることにした。
「あの……オイルが減ってしまうんです」
「うん? 4サイクルだな。マフラーから白い煙でることないか」
「あ、あります」
 店の親父は僕のバイクをいろんな角度から見ていた。僕は何か言おうと思った。
「オイル減っていたんで、継ぎ足したんです」
「ばかやろお!」
 びっくりした。何故、怒られるのだろう。
「交換しろ交換! 2サイクルじゃねえんだぞ!」
「すいません」
 僕は謝っていた。
「こりゃ、オーバーホールだな。エンジン腰上の」
 親父は僕のバイクのタンクをポンポン叩いて言った。
「やってくれるんですか?」
「やりたくねえのか?」
「いや……」
 親父に質問をぶつけてみようと思った。
「オーバーホールと買い替え、どっちが得ですかね」
「そうだな……」
 親父はしばらく考えていた。
「得か損かはともかくな…。まあ、俺の推測だが……」
 親父の人差し指が僕の愛車のメーターを指した。
「この8万キロという走行距離を見ればな、おまえさんが、今まで不器用ながらこのバイクを大事に乗ってきたことが、この俺にだってわかる」
 僕は黙って聞いていた。
「おまえさん、このバイクに愛着があるんじゃないのか? いつまでもこのバイクに乗っていたいんじゃないのか?」
 この親父さんは、僕の愛車への想いをわかってくれるというのか。
「そうです」
「何年乗ってるんだ?」
「十年です」
「思い出の一つや二つあるだろう」
「いっぱいあります」
「だったら、オーバーホールしたほうが断然……得だ」
「でも、お店としては買い換えた方がいいんじゃ……」
「確かに、オーバーホールは面倒くさいし、廃車にして新車を買ってもらったほうが、こちらとしては楽だし得だ」
「……」
「だけどな、俺は今まで乗っていたバイクを簡単に廃車にしてしまうことが、大嫌いなんだよ」
 捜し求めていた、理想のバイク屋がここにあった。この時、僕の目にはこの親父さんが神様に見えた。
 
 あれから一ヵ月後にはオーバーホールも完了した。
その後、自分ではできない愛車のメンテナンスは、いつもあの親父さんのところでお願いしている。タイヤ交換も、初めてのフォークオイルの交換も、親父さんにやってもらった。
 今日も、親父さんのところでチェーンの張り具合を見てもらおうと向かっているところだ。「ばかやろお、そんなの自分で見ろ!」と親父さんは怒り口調で調整の仕方を教えてくれるかもしれない。
 僕はあのバイク屋の親父さんのところへ、今日も行く。
 ばかやろお、が聞きたくて。        おわり


武田宗徳(たけだ・むねのり)

 1974年静岡県生まれ。96年よりモーターサイクル(カワサキ・エストレア)に乗りはじめる。2000年頃よりバイク小説を書きはじめ、02年からは自らの小説による手作りのフリーペーパー、『Rider's Story』の編集・発行、静岡県を中心に配布している。GOGGLEやOutRiderなど雑誌への掲載実績も複数、ON THE ROAD MAGAZINE本誌では06年より小説『Rider's Story』を連載。08年、静岡学術出版より新書『バイク小説短編集"Rider's Story"~僕は、オートバイを選んだ~』を出版。09年、13年以上乗り続けた愛車エストレアが不動となり、09年モデルの同じエストレアを新しい相棒とする。プライベートは夫であり二人の男の子の父。現在静岡県藤枝市を拠点に活動中。


ホームページ:http://www.geocities.jp/mjy_t


ブログ『Rider's Life』:http://www.orm-web.co.jp/blog/riders_life

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