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MOTORCYCLERider's Story 『あの風を』

2010.12.03

静岡在住の小説家、武田宗徳がお届けする"Rider's Story"

写真

 

文と写真:武田 宗徳
 

 寒い日だった。その日の朝、俺は携帯が鳴って起こされた。
「今日、暇か? 行きたい所があるんだ」
 中村からだった。俺は簡単にシャワーを浴び、朝食も取らずに家を出た。
 家から歩いていける距離の待ち合わせ場所に、中村は最近買ったばかりの四駆で待っていた。
「何だよ、こんな朝早くに」
「誰かと話しながら遠出したくてな。車も見せたかったし」
「どこ行くんだよ」
「二年前、お前と一緒にバイクで行ったとこだよ」
 俺は、何も言わず助手席に乗り込んだ。
 焼津インターから高速に乗る。東京方面へ向けてひた走る。
「あの時も寒い日だったな。お前ジェットヘルで顔がヒリヒリ冷たいとかで……
 中村は懐かしそうに話し出した。
 追い越し車線をトラックが追い抜いていく。
「温泉から出たとたん雨が降り出してきて……。今思うとそういうアクシデントがあると思い出に残るな」
 車内の暖房が気持ち悪いくらい快適だ。俺は、黙って中村の話を聞いていた。
「お前、最近バイク乗ってるのか」
「ああ、昨日も残業終わったあと、ちょっと乗った」
「好きだな」
「お前ほどじゃないよ」
……
「まさか、お前がバイク降りるとはな。信じられないよ」
 中村は黙り込んだ。そして、スピードが落ちていることに気づき、加速し、そのまま前の軽を追い抜いた。ウインカーを点滅させ、走行車線に戻る。富士川サービスエリアの看板を確認し、そのまま左へ滑り込んでいった。
 自販機で缶コーヒーを買い、食堂へ向かった。テーブル席に落ち着くと中村は切り出した。
「寒い日のコーヒーはうまいな」
「あの時ほどじゃないよ」
……そうだな。あの時は格別だった。俺たち手やら顔やらを缶コーヒーで温めて、いざ飲もうって時には既にぬるくなってたもんな」
 中村はしばらく笑っていたが、次第に真剣な顔つきに変わっていった。
「なあ井上、お前はバイク降りないんだろ」
「出来れば、ずっと乗り続けたい」
「俺は……もう親友が死ぬのを見たくない」

 サービスエリアを出て、再び時速100kmの世界へ戻る。大型のネイキッドが追い抜いていったが、中村は見向きもしなかった。俺は、中村自身がバイクを完全に降りたことを俺に証明するためにそうしたのだと思った。二年前なら、追い抜いたバイクに関する話を楽しそうにしていたはずだ。中村はバイクを捨てきれていない。俺はそう思うし、そう願いたい。
 沼津で高速を降り、しばらく下道が続く。あの時とまったく同じルートだ。ということは、次のコンビニで休憩か。
「あそこのコンビニには寄らないぞ」
俺は何も言ってないのに、中村が突然言った。俺の考えが読めるのか。

 中村はその昔、ツーリングクラブを発足した。会長は中村。そのクラブに俺もいて、毎月の日帰りツーリングを楽しんでいた。クラブでのツーリングでは一切事故は無かった。ただ、クラブのツーリングとは関係ないところで、メンバーが二人死んでいる。二人目のときは中村もさすがにまいっていた。中村の親友だった。そんな矢先、中村が事故った。何箇所か骨折し、入院した。結婚したばかりというのもあって、中村はバイクを降りた。クラブも解散。結果的に、二年前の俺とのツーリングが中村の最後のツーリングになってしまった。
 そのツーリングと同じルートを、今、中村は車でなぞるように走る。

 富士見パークウェイに乗った。道はあまり良くないが楽しい。二年前を思い出す。霧が出て、グローブの中の手はかじかみ、それでもスピードは落とさず、へたくそながら全力でコーナー抜けて……心底楽しかった。いいツーリングだったし、心に残るツーリングだった。(タイヤを替えたばかりなのに、下りのコーナーであんなにスピード出して、俺は後ろから見ててひやひやした)と、中村に言われたのを思い出す。
 車は伊豆スカイラインに入り、一段と道が良くなる。気持ちのいい道だ。対向車線からの車は一台も無く、鬱蒼とした森が静かに過ぎ去る。
 亀石峠に到着し、ここでは二年前と同じように休憩をとることにしたようだ。
「山に入ると一段と冷えるな」
 中村はそんなセリフを楽しそうに言う。息が白い。
「ツアラーだ」
 そう言った中村の視線の先を見ると、リヤシートに大きな荷物を乗せた三台の大型バイクが停まっている。長距離ツーリング中のバイクと一目でわかる。中村は、今回のドライブで初めて自らバイクに興味を持つ素振りを見せた。
「お前、もし今日バイクだったら絶対話しかけてたよな」
 中村は俺の言葉に、ふふ、と笑った。
 中村の四駆のドリンクホルダーに缶コーヒーを置き、再び伊豆スカイラインを南へ下る。目指しているのは伊豆高原だ。俺たちしかいないような錯覚を覚えるほど車を見かけず、まわりは静まり返った森で、本当に遠くまで来た実感が湧く。
 中村は、コーヒーを一口飲むと、暖房を切り、おもむろに窓を開けた。冷たい風が車内に入り込んでくる。
「窓、開けるのか」
 俺は少し驚いてそう言った。
「ん……
「寒くないのか」
……ああ」
……閉めてくれよ」
 俺がそう言うと、中村はしばらく黙ったあと、呟くように言った。
「風を感じたいんだ」
 俺は黙り込んだ。何も言わず、コーヒーを飲んだ。そして、中村の横顔を見た。
 俺は待っているぞ。いつまでもバイクに乗り続けて、待っているから。
 心の中で、中村にそう呟いた。
 二年前と同じルートをたどるのなら、大室山へ行くのだろう。あのときのように芝生の上で寝っ転がるのだろうか。頂上から大島を拝むのだろうか。
 端からわかっていたのに。二年前と同じ所へ行くといったときから、中村が二年前と全く同じルートをなぞっている時点で、俺は、中村にバイクの未練が残っていることはわかっていたのに。
「やっぱり、寒いわ」
中村は笑みを浮かべながら窓を閉めた。俺もつられて笑った。


武田宗徳(たけだ・むねのり)

 1974年静岡県生まれ。96年よりモーターサイクル(カワサキ・エストレア)に乗りはじめる。2000年頃よりバイク小説を書きはじめ、02年からは自らの小説による手作りのフリーペーパー、『Rider's Story』の編集・発行、静岡県を中心に配布している。GOGGLEやOutRiderなど雑誌への掲載実績も複数、ON THE ROAD MAGAZINE本誌では06年より小説『Rider's Story』を連載。08年、静岡学術出版より新書『バイク小説短編集"Rider's Story"~僕は、オートバイを選んだ~』を出版。09年、13年以上乗り続けた愛車エストレアが不動となり、09年モデルの同じエストレアを新しい相棒とする。プライベートは夫であり二人の男の子の父。現在静岡県藤枝市を拠点に活動中。



ホームページ:http://www.geocities.jp/mjy_t



ブログ『Rider's Life』:http://www.orm-web.co.jp/blog/riders_life

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