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MOTORCYCLERider's Story『朝倉コーヒー』第2回

2010.06.27

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Rider's Story 長篇連載の2回目


前回までのあらすじ...

喫茶店を始めて2年。店主の朝倉綾子は時々オートバイで来る男性に好意を持っていた。男は奥の席で文庫本を読んで帰るので、話すきっかけはまるでなかった。ある日、きっかけができて話をし、そこで初めて男の笑顔を見た。一段と親しみが沸いた。

『朝倉コーヒー』第2話 きまぐれな男

文と写真:武田宗徳

「ありがとうございます」
 
綾子は男からお金を受け取る。そのとき綾子は、もう一度確認した。男の左手の薬指に指輪がしてあるのを。

「ここのコーヒーは安くておいしい」

「あ、ありがとうございます」

「また来ます」

「お待ちしてます」
 
男は外に出た。綾子は、軽い緊張から解放された。

「あの、ちょっと」
 
男が戻ってきた。ジェット型のヘルメットをかぶったままだ。綾子は少し驚いた。

「お名前は」

「あ、私、朝倉です。朝倉綾子」

「僕は桜井といいます。よろしく」

「こちらこそ」

「じゃ」
 
桜井は駆け足で出て行った。ちょっと変だった。綾子は、桜井の少し変わった部分を見ることができて、なんとなくうれしかった。オートバイの音が響き、しばらくすると走って行ってしまった。だんだんと音が小さくなるのをいつまでも聞いていた。
 
これから、奥さんのところへ帰るんだな、と綾子は思った。桜井が自宅の玄関を開けるところを、想像していた。

 
桜井はいつもきまぐれだ。いつ朝倉コーヒーに顔を出すか、予想できない。決まって平日ではあるのだが、曜日はもちろん時間もばらばら。だから綾子は、いつも心の準備ができていない。綾子は思った。
 
私には全然興味がないんだ。
 
桜井は、いつだったか閉店間際に店に来たことがある。閉店は夜十時で、八時半頃から客がほとんどいなくなる。田舎だからだ。そんな時間に桜井が来て、そのとき二人は閉店時間が過ぎてもコーヒーの話をしていた。いつもは奥の二人席に座る桜井が、その日は珍しくカウンターに座り、綾子と会話をした。ずっと、最初から最後まで二人きりだった。そんなふうに過ごしたから、綾子は、桜井が客のいない閉店間際を狙って来店してくれることを、少し期待していたのだ。
 
ところが次に桜井が店にやってきたのはおばちゃん達やサラリーマンのいる時間で、この次は、と待ち構えていても、桜井は二週間以上店に顔を出さないでいた。桜井は綾子にまるで関心がないのだ。興味があるのは、本当にコーヒーだけなのだ。
 桜井は今、奥の二人席で文庫本を読んでいる。時間は夕方。ちょうど他の客はいない。
 
桜井は、奥さんを連れてきたことは一度もない。一人の時間が欲しいのだろうか。しかし、綾子は、二人の仲が悪いとは思わない。ある程度、お互いを束縛しない家庭なのだろう。それでもうまくいっている、そんな雰囲気が桜井にはある。相性ぴったりの夫婦、理想的な家庭、綾子は勝手に想像していた。
 
しかし、ここには奥さんの知らない桜井がいる。大好きなコーヒーを飲み、文庫を読み、時々店内を見回す桜井を、奥さんは見ることはない。桜井は自分だけの時間をじっくりと楽しんでいる。しかし、この時間は桜井自身の時間であると同時に、綾子にとっての二人の時間でもあった。奥さんは知らない綾子と桜井の二人の時間。(私だけが知る桜井。)悪いことは何もしていないが、何となく後ろめたく、柔らかいスリルが心を心地よく刺す。
 
密会。
 
ふと綾子の頭をその言葉がよぎり、一人で吹き出してしまった。妄想もいいところだ。
 
桜井が席を立ち、革ジャンを羽織った。綾子はレジの前に立つ。

「ありがとうございました」

「最近は天気が良くて気持ちいいよ」

「オートバイ日和、続いていますね」

「最高だね」

「そんなにオートバイっていいですか」

「いいね。こればっかりは、乗ってみないとわかんないだろうな」

「今度、後ろに乗せてくださいよ」
 
桜井の頬が一瞬固くなった。しまった、と綾子は思った。調子に乗っていた。桜井は固くなった表情をわざとらしく笑顔に変えて言った。

「危ないからね。女の子は乗せない」
 
桜井は背を向け、右手に持ったグローブを肩の高さで振った。そのまま店をあとにした。綾子は恥ずかしかった。店員と客との関係を崩してしまった。嫌な予感がする。桜井が店に来なくなってしまう。そんな予感がした。

(第三話に続く)


第一話はこちらから
 

武田宗徳(たけだ・むねのり)
1974年静岡県生まれ。96年よりモーターサイクル(カワサキ・エストレア)に乗りはじめる。2000年頃よりバイク小説を書きはじめ、02年からは自らの小説による手作りのフリーペーパー、『Rider's Story』の編集・発行、静岡県を中心に配布している。GOGGLEやOutRiderなど雑誌への掲載実績も複数、ON THE ROAD MAGAZINE本誌では06年より小説『Rider's Story』を連載。08年、静岡学術出版より新書『バイク小説短編集"Rider's Story"〜僕は、オートバイを選んだ〜』を出版。09年、13年以上乗り続けた愛車エストレアが不動となり、09年モデルの同じエストレアを新しい相棒とする。プライベートは夫であり二人の男の子の父。現在静岡県藤枝市を拠点に活動中。
ホームページ:http://www.geocities.jp/mjy_t
ブログ『Rider's Life』:http://www.orm-web.co.jp/blog/riders_life

 

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