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MOTORCYCLERider's Story on ORM-web 連載第2弾スタート!

2010.06.21

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ON THE ROAD MAGAZINE本誌の連載でもお馴染み、静岡在住のバイク小説家、武田宗徳によるオリジナルストーリー、Rider's Story on ORM-web。待望の連載第2弾がスタート!

『朝倉コーヒー』 第1話 オートバイで来る男

文と写真:武田宗徳

店を構えて、もう二年になる。

「雨が降りそうだなあ」
 
朝倉綾子は、開けっ放しのドアから見える外の道路を見ながら、ぼんやり呟いた。
 
奥の唯一ある四人席のテーブルでは、近所のおばさん達が何やら医療のことやケチな友人の話題で盛り上がっている。店内の客はおばさんたち四人だけだが、それだけですでに賑やかだ。
 
予定していた客層と違う。
 
綾子はそう思った。店の外壁は深い青で塗られた木の板でてきていて、窓も小さく、敢えて店内の様子が外からわからないようにした。こだわったのはいいが、我ながら、入りにくい店だと思う。店内の壁は、つぎはぎだらけのベニヤむき出しで、統一性のあるようなないようなポスターやチラシが、いくつか貼ってある。流れているのは六十年代か七十年代のアメリカンロックで、ようするに、若者をターゲットにしていたのだ。
 
開店当初は全く客が入らず、入りにくい雰囲気がいけないんだと思い、店のドアを開けっ放しにしてみた。そうしたら、少しずつではあるが客が入るようになった。しかし、立地条件の悪さからか客層がいまいち、ぱっとしない。
 
雲行きが怪しくなってきた。綾子はさっきから天気ばかり気にしている。

「今日は、来ないよなあ」
 
綾子はそっと口に出してみた。照れる。でも、聞かれてなくても声に出した時点で、何故だか彼が店に来てくれるような気がした。

 
おばさんたちも夕飯の支度があるからか、間もなく店を出て行ってしまい、がらんとした雰囲気が再び店内に漂い始めた。
 
彼女らのカップを片付けていると、遠くから歯切れの良いオートバイの排気音が近づいて来る。軽い緊張が綾子の中を走った。通り過ぎちゃえ、とも思ったが、オートバイの排気音は店の前でひとふかしして止まった。綾子は急いで食器を片付けた。


「いらっしゃいませ」
 
綾子の言葉に男は軽く会釈をし、いつもの二人席に腰を下ろした。男は革ジャンを脱いで、タバコとジッポーと文庫本をテーブルに置いていた。綾子はタイミングを計ってお冷やを持っていった。

「ご注文は?」

「ブレンド……中煎りの」

「かしこまりました」
 
綾子はコーヒー豆を挽く。
 
男はタバコに火をつける。
 
綾子はコーヒーを落とす。
 
男は文庫の小説を読む。
 
こうして時間は過ぎていく。コーヒーを男のテーブルに置くとき、綾子は妄想した。(いつも、オートバイですね)(ツーリングの帰りですか)男との会話を想像している。(何の本を読んでいるんですか)(コーヒーは好きですか)綾子は男と会話をしたかった。どんな人なのか知りたいという欲求以前に、単に会話をしたかった。
 
しかし、きっかけがない。まるでない。
 
男は半年くらい前から数えるくらいだが何度か来店してくれている。しかし、話すきっかけはなかった。話しかけようと思えば、それは出来るかもしれない。しかし、なれなれしい、と思われなくなかった。自然に会話を始めたかった。
 
そうなると、綾子に出来ることは、ただきっかけを待つことだけだった。

 
男が席を立った。もう帰るのか。しかし、荷物は置いたままだ。こちらに近づいてくる。綾子の体は固くなった。

「トイレ、借ります」

「あ、どうぞ」
 
綾子は、なあんだ、とため息をついた。しばらくして、男はトイレから出てきた。カウンターの前で立ち止まる。並んでいるコーヒー豆の入った瓶をじっと見つめている。男の視線が綾子に向き、目が合う。綾子は困ったが視線を外せない。

「マンデリンは深煎りなんですね」

「そうですね」
 
綾子はその一言しか返せなかった。男は、席に戻ろうとした。綾子もそれを見て、仕事に戻ろうとした。

「何か、理由はあるんですか」
 
男は再び聞いた。綾子は緊張しながらも、きっかけだ、と思った。

「そうですね。マンデリンは、何ていうか、土臭いというかキナ臭いところがあるんですよ。それを深煎りにして臭さを消すんです」

「ふうん、僕はいつも家でマンデリンを……」
 
言いかけて男は首を少し傾げて口をつぐみ、再び口を開いた。

「臭みなんてわかりませんでした。まだまだですね」
 
綾子は微笑した。男もつられて顔が柔らかくなった。

「コーヒーなんておいしければ、なんだっていいんですよ。私だってコーヒーの修行中です」

「僕はあなたよりずっとまだまだです。もっとコーヒーを勉強したい」

「私でよかったら協力しますよ。教えられるほどではないですけど」

「いや、是非。僕がここに来るのも、ここのコーヒーがおいしいからですし」
 
男は笑いながら言った。綾子は男の笑顔を初めて見た。いつも鋭い顔つきで文庫本を読んでいる彼が、今、綾子の前で顔をくしゃくしゃにしている。親しみがわいた。
 
男はそのまま席に戻り、コーヒーを一口すすってから、再び文庫本を読み始めた。
 
綾子は外を見た。雨は降りそうもない。明日は晴れそうだ。外は夕日でオレンジ色に光っていた。


(第二話に続く)





武田宗徳(たけだ・むねのり)
1974年静岡県生まれ。96年よりモーターサイクル(カワサキ・エストレア)に乗りはじめる。2000年頃よりバイク小説を書きはじめ、02年からは自らの小説による手作りのフリーペーパー、『Rider's Story』の編集・発行、静岡県を中心に配布している。GOGGLEやOutRiderなど雑誌への掲載実績も複数、ON THE ROAD MAGAZINE本誌では06年より小説『Rider's Story』を連載。08年、静岡学術出版より新書『バイク小説短編集"Rider's Story"〜僕は、オートバイを選んだ〜』を出版。09年、13年以上乗り続けた愛車エストレアが不動となり、09年モデルの同じエストレアを新しい相棒とする。プライベートは夫であり二人の男の子の父。現在静岡県藤枝市を拠点に活動中。
ホームページ:http://www.geocities.jp/mjy_t
ブログ『Rider's Life』:http://www.orm-web.co.jp/blog/riders_life

Rider's Story on ORM-web
第1弾/1話〜20話

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