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MOTORCYCLERider's Story on ORM-web 第5回

2010.03.24

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Rider's Story長篇連載の5回目


前回までのあらすじ...
土屋健次郎は初めて入った「Cafe Sea & Sky」で現代美術作品とガラス一面に広がる太平洋を眺めることができた。ただ、店主の女性の寂しげな表情が気になった。健次郎は夢をかけたバンド活動に力を入れていた。そのファンの一人が同級生の日菜子だった。

『自由へ至る』第5話 特製かぼちゃのケーキ

文と写真:武田宗徳


再び、あの喫茶店「cafe sea & sky」の白い扉を開けたのは、あれから二週間後の平日だった。チリンと音が鳴った。健次郎は靴を脱がず、そのまま段差を上がって中へ入って行った。
「あら、いらっしゃい」
林涼子は健次郎を覚えていたようだ。健次郎は軽く会釈をして、この前と同じ席に腰を下ろした。涼子が水の入ったグラスを持ってきた。
「この前はありがとね。ポスト」
グラスをテーブルに置きながら言った。
「ついででしたから」
健次郎はそう言うとメニューにちらっと目をやって、
「ホットコーヒーください」
と、言った。
「かしこまりました」

林涼子は優しい口調でそう言うと、奥へ行った。健次郎は、その後ろ姿を何気なく見ていた。彼女には垢抜けない何かがある。何か影がある、そんな雰囲気があると健次郎は思った。
「ここは、定休日はいつですか」
何か話しかけようと、健次郎は大きめの声を出して言った。
「無休。定休日無いのよ」
「じゃあ、いつ休むんですか」
「そうね。まあこの喫茶店もそんなに繁盛しているわけでもないし、毎日仕事のような、毎日休みのようなそんな感じだから。いいのよ」
「何か用事とかあったら……」
「頼めるなら主人に頼むし、頼めない用事なら仕方ないわね。休みにしちゃうかもね」
そう言いながら、ホットコーヒーを運んできた。小さな丸いテーブルにミルクピッチャーと一緒に置かれた。
「これはサービス」
そう言って、林涼子はケーキをテーブルに置いた。
「特製かぼちゃのケーキ。この前のお礼ね」
「あ、どうもありがとうございます」

彼女のこの対応が意外な気もしたが、健次郎はありがたくいただくことにした。
すると、林涼子はもう一杯コーヒーを持って、健次郎のそばまでやってきた。まだ飲み干していないのに、もう一杯サービスか? と健次郎は不思議に思った。彼女は隣のテーブルにコーヒーを置いて、言った。
「ここに座ってもいい?」
どうやら、座るつもりらしい。コーヒーは自分のために入れたものだった。健次郎は返事をした。
「いいですよ」
「もし本を読むとか何かするのに邪魔なら向こうにいるけど」
「いや、本当に構わないですよ」
「じゃあ」
そう言って、林涼子は隣の席に腰掛けた。
「私、あなたの名前知らないんだけど」
「ああ、土屋です。土屋健次郎……」
「私は、林涼子」
「涼子さん、ですね」
「そう、健次郎君。こないだここに来てくれたとき、その席でハガキを書いていたでしょ。珍しいなあって思ってね」
涼子はテーブルに頬杖をつきながら話を続けた。彼女の匂いなのか、香水なのかわからないが、この場所でしか嗅ぐことのない、清潔感のある甘い香りが漂っている。
「男の子がね、喫茶店で絵葉書だなんて。きっとささやかな楽しみを大切にしている人なのかなって、勝手に想像していたの」
「そんな……ただ、やりたいことをやっているだけですよ」
健次郎は涼子の過大評価とも取れる自分に対する印象の良さに戸惑いながら、コーヒーを一口飲んだ。一緒にケーキも口に入れた。
「その言い方だと、今、やりたいことやれているんだ」
涼子も初めてコーヒーを口に入れた。
「やれていますよ。自由気ままに。金は無いですけどね」
「そう。……うらやましいな」

涼子はそう言うと、目の前に広がる太平洋を遠くに目をやった。その表情は、以前にも見たことがあると健次郎は思った。以前もこんな寂しそうな表情をしたことがあった。
「喫茶店はやりたかったことじゃないんですか。僕は自分の店を持っているあなたの方がうらやましいですよ」
健次郎はコーヒーが好きで、喫茶店経営にも多少興味があった。自分の本心と彼女のそんな表情を見たくない気持ちから出た言葉だった。

涼子は健次郎のその言葉に、ふっ、と笑ったあと、
「自分の店か……」
と、遠くを眺めたままつぶやいた。そしてゆっくりコーヒーを口に含んだ後、言った。
「この喫茶店、私にとっては鳥かごみたいなものよ」
健次郎は黙ったまま彼女の横顔を見ていた。今の彼女の表情を見ていると、切ない。
チリン、と入り口の扉の音が鳴った。若い二人組の女性客が店内に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
急にテンションを切り替えて、涼子が元気よくそう言った後、立ち上がって、奥へと戻って行った。



武田宗徳(たけだ・むねのり)


1974年静岡県生まれ。96年よりモーターサイクル(カワサキ・エストレア)に乗りはじめる。2000年頃よりバイク小説を書きはじめ、02年からは自らの小説による手作りのフリーペーパー、『Rider's Story』の編集・発行、静岡県を中心に配布している。GOGGLEやOutRiderなど雑誌への掲載実績も複数、ON THE ROAD MAGAZINE本誌では06年より小説『Rider's Story』を連載。08年、静岡学術出版より新書『バイク小説短編集"Rider's Story"~僕は、オートバイを選んだ~』を出版。09年、13年以上乗り続けた愛車エストレアが不動となり、09年モデルの同じエストレアを新しい相棒とする。プライベートは夫であり二人の男の子の父。現在静岡県藤枝市を拠点に活動中。


ホームページ:http://www.geocities.jp/mjy_t

ブログ『Rider's Life』:http://www.orm-web.co.jp/blog/riders_life

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