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MOTORCYCLERider's Story on ORM-web 第6回

2010.04.02

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Rider's Story長篇連載の6回目


前回までのあらすじ...
土屋健次郎はバンドで食べていくことを夢見ていた。ファンの一人に高校の同級生で卒業してから親しくなった日菜子がいた。健次郎は時々、カフェ「Sea & Sky」に立ち寄るようになった。店主の女性、林涼子の寂しそうな表情が気になっていた。

『自由へ至る』第6話 中華まん

文と写真:武田宗徳


店の外に出ると、雨が降りそうになっていた。空がどんより曇っていて、まだ日の入りには時間があるのに、あたりは薄暗かった。健次郎は400ccの単気筒に跨り、勢いよく走り出した。海沿いの峠道を結構なスピードで下っていった。

町へ下りると、雨が降り出してきた。オートバイで走りながら体全体に雨を受けていると、すぐにびしょ濡れになる。健次郎はレインスーツを持っていたが、そのまま走ろうと思った。もう少しで家に到着する。せっかくたたんできれいに仕舞ってあるレインスーツを袋から出したくない。しかし、理由はそれだけではなかった。
健次郎は、雨に打たれてびしょ濡れになろうとしていた。
雨に洗い流されれば、もやもやしたものがすっきりするのではないか、わからないことがはっきりするのではないか、という現実味のない考えが健次郎の頭の中に浮かんでいたのだった。


「いらっしゃいませ」
健次郎は入ってきた客に力なくそう言った。そろそろ中華まんを入れ替えて、トレイも洗わなくてはならない。深夜のコンビニ、客はたまにしか来ないが、だからこそ、たまに来る客に応対するのがに面倒くさくなる。入ってくると心の中で、「来るなよ」、と呟いている。

自動ドアがまた開いた。健次郎は、
「いらっしゃいませ」
と、客を見ずに言った。
「健次郎」
そう呼ばれて、はっとして振り返ると、そこには日菜子がいた。
「やっほー」
そう言って笑顔で手を振っている。
「何だよ。珍しい」
「駅前で友達と飲んでたんだ。帰り道、近く通るから寄ったの」
「よく俺がバイト入ってるって知ってたな」
「知らなかったよ。どっちにしろ買い物しようかと思って。肉まんちょうだい。外、寒くって」
「肉まん? もうちょっと待てば、ただでやるよ。賞味期限切れをさ」
「ウッソー。ラッキー」
「ホントはだめなんだぞ。捨てないといけないんだ」
「もったいないね」
「時々、食べちゃうけどな」
「やっぱり」
「深夜は店長がいないから、そういうことができるんだよ」

そう言って、健次郎は何も気を使わず、なんでもない会話をしていることに気づいた。つまらない会話も気にせず口にしている。こういう風に会話ができるのは女性の中では日菜子だけだ、と思った。そして、仕事中に日菜子が来てくれたことをうれしく思っている自分に気がついた。

「ねえ」
日菜子が切り出した。
「健次郎がさ、この前くれた絵葉書に書いてあったカフェなんだけど、あれ、sea & skyじゃない?」
「え?知ってる?」
「この辺じゃ、ああいう喫茶店そこしかないし」
「行ったことあるの?」
「ないけど、裕子が行ったことあるみたいで」
「そうか」
「前に、変なうわさを聞いたよ」
「なに」
「店主のだんなさん、おじいちゃんなんだって」
「あ、そう。……で?」
「それで、その女主人……客の若い男の人を……食べちゃうって」
「はあ?」
「まず、若い客の隣で一緒にコーヒーを飲むところから始まるらしいよ」
ドキッとした。健次郎は声に出してリアクションが取れなかった。
「おかしいよね。店の人が客と一緒にお茶するなんて」
「そうだな」
と、答えたものの、健次郎はあの時、おかしいと思っただろうか、と考えた。あの時はごく自然だった、と思った。

「健次郎も気をつけてよ」
「な……気をつけるも何も、あの人はそういう人じゃないよ」
「あの人って……あやしい」
「違うよ。ただ、日菜子の言うような人には見えないんだ」
「そう。ま、いいけど」

健次郎は中華まんを取り出して、日菜子に渡した。サンキュ、と言って日菜子は肉まんをほおばった。いつの間にか、客は日菜子一人だけになっていて、もう一人のバイト、中村も裏で寝てしまっているようだ。健次郎も中華まんを食べることにした。

食べ終わって、新しい中華まんを奥の冷蔵庫から取り出しに行って、戻ってきたら、もう日菜子はいなくなっていた。肉まんに付いていた紙だけが、レジカウンターの上にポツンと置かれていた。



武田宗徳(たけだ・むねのり)


1974年静岡県生まれ。96年よりモーターサイクル(カワサキ・エストレア)に乗りはじめる。2000年頃よりバイク小説を書きはじめ、02年からは自らの小説による手作りのフリーペーパー、『Rider's Story』の編集・発行、静岡県を中心に配布している。GOGGLEやOutRiderなど雑誌への掲載実績も複数、ON THE ROAD MAGAZINE本誌では06年より小説『Rider's Story』を連載。08年、静岡学術出版より新書『バイク小説短編集"Rider's Story"~僕は、オートバイを選んだ~』を出版。09年、13年以上乗り続けた愛車エストレアが不動となり、09年モデルの同じエストレアを新しい相棒とする。プライベートは夫であり二人の男の子の父。現在静岡県藤枝市を拠点に活動中。


ホームページ:http://www.geocities.jp/mjy_t

ブログ『Rider's Life』:http://www.orm-web.co.jp/blog/riders_life

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